続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■甘やかされた話13

夢の空間でのことだった。
「断る」
開口一番に夢魔は拒絶した。
「君は普段から『自分のことは自分で』と決めている子だろう。
本当に自分でやらなければいけないときに、人に頼ってどうするんだ」
「で、でも上司のあなたを通して『誤解だった』って伝えれば、グレイも……」
「納得すると思うか?それで本当にいいのか、君は?」
「え……えーと……」
冷ややかに言われ、夢の中なのに汗がダラダラ出る。

ひどいことをしようとしているとは自分でも思っている。
でも自分の口からでは、どうしてもグレイに伝えられないのだ。
だからナイトメアから伝えてもらえないかと思った。

『ナノはグレイを愛していない。だから元の店に帰りたい』、と。

すると考えを読み取った夢魔は奇妙な顔をする。
「私は今のままでいいと思うが。何か問題があるのか?」
「え?」
私はポカンと口を開ける。

「だ、だって、私はグレイのことを尊敬してますけど、それだけですよ?」
彼を思ってドキドキして眠れなくなったり、胸がときめいたり、会うだけで嬉しく
なってはしゃいだり、という恋愛のお約束事が何もない。
ただ、尊敬しているだけ。すごい人だなー、本当にいい人だなー、と。
「別にそれで十分だろう。恋愛までいかなくとも、ちゃんと好感情を持っている。
互いに互いを思いやり、気づかえる。そこに至らないカップルも多いんだぞ?」
「いえ、でも……」
私は早くも夢魔の言葉に混乱してくる。
「だって、私は余所者だし、馬鹿だし、グレイの相手としては全然……」
「身体の方は十分だろう。さっきだって昼間から、お盛んに……」
「ナイトメアっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るとナイトメアは、おっと失礼、と人の悪い笑みを見せた。
……この病弱夢魔が。彼に心の垣根は通用しない。

夢魔はすまして言った。
「私は愛が必須だとは思わないというだけだ。
グレイは君をちゃんとリードして、心身ともに安定させるだろう。
君だって精神的に落ち着けば、自然と奴に愛情がわいてくるさ」
私は驚いて夢魔を見る……というか人を精神不安定みたいに言うなや。
「ナイトメアは、恋愛を伴わない関係を肯定するんですか?」
そういえば身分の高い者の結婚について、前にごちゃごちゃ言ってたような……。
「逆に聞くが、なら帽子屋のペットや、女王の囲い物になる方がいいのか?」
「え……っ冗談じゃないですよっ!」
全力で否定する。すると夢魔は引っかかったとばかりに、
「じゃあ、やはりグレイ以外にいないだろう。
妙な劣等感に惑わされず、あいつの好意に甘えてしまえばいい」
「迷惑がかかるからダメに決まってるでしょう!」
ムッとして言うと、夢魔はこれ以上言っても無駄と思ったのか、再び肩をすくめた。
「まあ意地を張りすぎて破局にならないよう、祈っているよ。君のためにも」
と、ふわふわとどこかに漂って見えなくなった。
「おためごかしを……」
遠ざかる夢魔を睨みつけながら、改めて思う。
グレイにこれ以上、迷惑をかけられない。
愛情なく、嘘をついたままの関係を続けるのも耐えられない。
やがて夢の空間がぼやけ、グレイの腕の中で目覚めたときも、その思いは変わらなかった。

……クローバーの塔から出て行こう。

13/18
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -