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■甘やかされた話11

そっと目を開けると、窓の外は夕方だった。
「ナノ……」
「ナイトメア……」
ベッド脇に立つのは悪夢を体現する存在にして、この塔の最高権力者。
相変わらず顔色は悪いけれど、いちおう存命しているようだ。
「よくやってくれた。塔の者たちも君に感謝しているよ」
「そ、そうですか……」
ここに至るまでの壮大な茶番劇を思い、複雑な思いで返答する。
「で、私が倒れてから、何がどうなったんですか?」
「それがな……」

で、その後のナイトメアの説明を要約すると。
私まで倒れたため、グレイは激怒して犯人捜しに躍起になったらしい。
でもその頃には、ようやく毒素が沈静化し、倒れた職員さんたちはぼちぼち回復。
当然ながら全員、犯人を知っているけれど、上司かつ役持ちだけに誰も言えない。
そのうちにナイトメアも何とか回復した。
夢魔は微妙な雰囲気になった塔の空気を察し、珍しく気を利かせる。
『時計を止めた者もいなかったんだし、きっと悪質なイタズラだろう』と愉快犯の
しわざにして、強引に決着。
グレイは納得しなかったけど、一人だけでいくら犯人を捜そうが、いない者を見つけ
出すことは出来ず、多忙な時間帯の中で、そのうちにあきらめたらしい。
私の言葉も功を奏し、あれから人に緑茶を振る舞うことをピタッと止めたそうな。
塔の統制は回復し、マフィアの抗争も収まり、めでたしめでたし。

「そうですか、良かった」
私は冷や汗をぬぐう。
「で、君のことだが。確かグレイのことは、どうとも思っていないんだろう?」
ナイトメアの冷静な言葉に我に返る。
「え?は?あ、そうですね。大変尊敬出来る人だと思うのですが……」
私は余所者だ。容姿は平凡で、地位もなければ才能も資産も教養もない。
男女関係も乱れまくって悪い噂も立っている。
あらゆる意味でグレイに釣り合うとは言いがたい。
彼には、彼の地位と人格に見合う、どこかのお嬢さまがふさわしいと思うんだけど。
が、ナイトメアは冷酷なほど冷静に、
「君が自分をどう思おうと、あいつはもう君の家具を自分の部屋に移してるぞ。
店と土地の売却に至っては、君の判を待つばかりだ」

……グレイもこの世界の住人だと、再び思い出した私でありました。

…………
「ナノ……」
煙草臭いです。大変に煙草臭いです。
あのあと、ごく当たり前のようにグレイの部屋に連れて行かれたんです。
グレイの部屋です。本当に私の家具とか茶葉とか置いてあります。
問いただす前にベッドに押し倒されました。
「グレイ……あの……」
「愛してる……」
ベッドでグレイに抱きしめられ、何やら身体をまさぐられています。
嗚呼、どうしよう。
嘘も方便とはいえ、あんなアホらしい流れの末、よりにもよって告白するなんて。
「本当に嬉しいよ。ずっと君を、大事にする……」
「え、ええ……その、どうも……」
グレイに優しく唇を重ねられる。
「ん……」
痛い。抱きしめられすぎて痛い。鞘が、ナイフの鞘が私を襲う!
「ああ、すまない。痛かったな」
と、グレイは慌てて私から離れ、さっさと上着を脱ぐ。そして私に優しく、
「ナノ、さ、君も脱いで」
「あ。はい」
と、私は上着に手をかけ……待て。なぜ私まで脱ぐ。
「どうした?脱がせてほしいか?」
「え?いえ、あの、でも、その、ええと」
完全に挙動不審な自分。
でもグレイは私が照れているか恥じらっていると思ったらしい。私の背を撫で、
「終わったら、美味しいお茶を淹れてあげるから」
「え……っ!」
あの塔を壊滅に追いこみかけたお茶をですか!
「いえそのグレイ!ちょ、ちょっと……!」
しかしグレイはもうその気になっているのか、私の身体にのしかかり、胸に触れる。
「ん……」
ビクッとして動きを止める。
「ナノ……愛してる」
「……っ!」
また言葉が出なくなってしまう。
グレイへの気持ち。ついてしまった嘘。お茶の恐怖。お店のこと。
――ああ、もうどうすれば!

着々と脱がされながら、いっぱいいっぱいな私なのでした……。


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