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■甘やかされた話10

「ああ。そうだな」
「へ?」
あまりにもグレイがあっさり認めたので、私は目を丸くする。
グレイはそのまま続けた。
「卑怯な犯人は、ポットを回り、毒を入れて回ったんだろう。
となると内部の者に化けている可能性があるな」
――違う!全然、違うー!
なぜ『茶自体』に問題があると気づかないんですかっ!
頭が果てしなく痛い。この人は一体誰なんだろう。
大人で、不思議の国一の常識人じゃなかったのか。
なんで料理に関しては異次元に行けるのですか!
しかしグレイは無情に言葉を続ける。
「さあナノ。茶を飲んでくれ。二人で一緒に解決法を考えよう」
解決法はある。私が知っている!
しかしヘタレな私は、震えながら湯呑みを見つめるのみ。
マグマのような色、ボコボコと泡立つ水面、立ち上る紫の煙。
というか気のせいじゃなければ湯呑みが溶解しかけている気がします。
これなら逃亡者も出ようというものだ。
『頼む……君にしか出来ないんだ……どうか、奴を止めてくれ……』
夢魔の言葉が頭に蘇る。
「さ、遠慮しないで飲んでくれ」
グレイに進められ、私はついに湯呑みを取る。
うう、目に入った毒ガス……いや湯気がツーンと染みる。
――い、言わなくては。今こそ本当のことを!
まさか人的被害がここまでの規模に拡大するとはおもわなんだ。
塔の外で怒っている抗争の遠因だって、私にあるとさえ言える。
言わなくては。飲めませんと。これは飲み物ではありませんと。
それで、全てが解決する!
今こそグレイに現実を突きつけねばっ!
水面がガクガク揺れる。
グレイは疲れた顔はそのままに、私へ笑顔を向ける。
――い、いいい言わなくては。グレイに。本当のことを。本当のことを!

…………私は湯呑みをあおり、一気に喉に流し込む。
食道が焼けたかと思った。胃が溶けたかと思った。
彼岸に連れて行かれたかと思った。
しかし二度目の慣れもあったか、どうにか意識を保つことが出来た。
そしてテーブルをたたき割る勢いで湯呑みを置き、グレイに笑う。


「美味しかったです、グレイ。どうもありがとうございました!」


「そうか、良かった!」
「――っ!」
グレイの笑顔に、また胸が痛む。
そして、視界が急速に歪んできた。
いかん、時間差があっただけで毒性は有効だったらしい。
――うう、ど、どうすれば……!
これじゃあ結局、何の解決にもならない。
「さて、これで一息つけたな……ナノ、どうした?」
グレイはようやく私の異変に気づいたようだ。
うう、意識を保てるのはあとどれくらいか。言わないと。絶対言わないと。
「……い、いえ。あのですね、グレイ……」
私は必死に言う。
「ナノ……まさか君まで!?くそ、いつ、どこで、誰が!」
――今!ここで!あなたの淹れた茶が原因なんですよ!
「グレイ。あのですね……」
「ああ、何だ、犯人を見たのか!?何でも言ってくれ……!」
――あなたが、あなたが犯人なんですよ!


「グレイ。私、あなたが……好きです……」


「ああ、そうか。分かった!俺が必ず…………!

 …………何だって?」


――え?あれ……?
意識がもうろうとしているとはいえ、自分でも妙なことを言ってしまった。
でも一度出たものは取り返しがつかない。
仕方なく私は、驚愕するグレイの手を取り必死に訴える。
「ですから、約束して下さい……二度と、私以外の者にお茶を淹れないと……!」
「あ、ああ。分かった。ナノ、分かったから……。
どうか俺を置いて行かないでくれ、ナノ!目を開けてくれ、ナノ!
君を守ると約束したのに……ナノーっ!」
悲劇的なグレイの声を遠くに聞きながら、私の意識は闇に沈んでいった。

と、とりあえず、これで被害は封じられたはず……!

…………何か違くないですか私。

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