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■雨と騎士2

「雨、止まないな」
「ええ……」
不本意ながら、エースに横に座ってもらって、二人で雨の森を見ていた。
「エース、いつものテントはどうしたんです?」
「うーん、張ろうと思ったんだけど、俺って運が悪いからさ。雨で手が滑って近くの
濁流に流されちゃって。でも、それで雨宿りしようと歩いてたら君を見つけたから、
君にとっては運がいいのかもね」
いや濁流の側でテントを張るか普通。
とはいえ、誰かが、それも遭難のスペシャリスト(?)がそばにいて心強いのも確かだった。
「ナノ。最近、お店はどう?」
エースが私の肩に手を回してくる。私は馴れ馴れしい仕草に眉をひそめながらも、
「赤字ですよ。どこぞのボスが紅茶の紅茶入札を妨害するから安物しか入らなくて。
やっと苦労していいのを手に入れたと思ったら、今度は盗みに入られちゃって……」
「ははは。ブラッドさん、相変わらず君の店を潰すのに熱心だな」
「しかも自分で奪っておいて、私にタダで譲るから一度屋敷に……とか白々しいこと
を言ってくるんですよ。人をナメるにもほどがあると思いませんか?」
「あはは。ならハートの城に来ない?ペーターさんがてぐすね引いて待ってるよ」
「『てぐすね引いて』って、そういう使い方じゃないと思うんですが……」
ありえないことだけど、エース相手に会話が弾む。
互いの近況、仕事の愚痴、最近あった面白い出来事、知人の話題……普段、あまり
話さないだけに、一度話し出すと話題は尽きなかった。
おかげで寒さを少しの間、忘れることが出来た。

…………
「やっぱり、思い切って街に戻る道を探した方がいいですかね」
雨は止まない。ごうごうと降り続き、大樹の傘も雨漏りがひどい。
「いや、止めた方がいいぜ。いつ時間帯が夜に変わるか分からないし、余計に濡れて
体力を消耗したら君が本当に危ないからな」
遭難のプロ(!)に言われると、うなずくしかない。
とはいえ、もう服や髪の水滴を絞るのも馬鹿馬鹿しく、濡れるに任せている。
私がせめてもの暖を取ろうと、無意識に両手をすりあわせ、白い息を吐いていると、
「っ!?」
突然エースが私を抱き上げた。私は身体を強ばらせる。
「ああ、大丈夫大丈夫。警戒しないでよ」
「え……」
エースの両足の間に座らされ、ちょうど後ろから抱きしめられる体勢になる。
私の身体をエースの両腕がホールドし、冷え切った身体に熱が分け与えられた。
「これで少しは暖かいだろ?」
「ど、どうも……」
――そういえばエースって、騎士でしたっけ……。
私はエースの背中にもたれる。こんな危険な人に抱きしめられ、安心出来るわけがない。
安心出来るわけがないのに……なぜか不安が和らいでくる。
「……寝ちゃダメだよ。ほら、起きて」
「ん……」
エースにペチペチと頬を叩かれ目を開ける。
「頼ってくれるのは嬉しいけど、ずぶ濡れで寝たら身体が冷えて危ないぜ」
「は、はい……」
それでも少し経つとまぶたが重くなってしまう。
「こらー、だから寝るなって。起きろよ」
「んん……」
さっきより強く頬を叩かれるけど、睡魔は収まりようがない。
「うーん、困ったなあ。これなら君を暖められると思ってたのに……あ、そうだ」
名案を思いついたように、エースが明るい声で言って、
「っ!?」
視界が回り、背中に軽い衝撃が走り、一気に目が覚めた。
目を開けると、私は地面に横たえられ、エースに覆いかぶさられていた。
「え、エースっ!?」
エースは、自分も髪からポタポタと水滴をこぼしながら、
「まあ、こういう状況だからあえて言わなかったんだけど、君、けっこうエロい格好
してるんだぜ?全身濡れて、服が張りついて透けちゃってさ。下着まで丸見え」
「…………」
そう……こんな日に限って白を着用していたのだ、自分は。
「で、さっき身体を密着させたせいで、その気になってきたと?」
低い低い低い声が出る。
こんなに身体が冷えてもそんなことを考えられる男に呪詛しか浮かばない。
けれど騎士はあっけらかんと、
「いいや、君のためだ。×××すれば君も眠って危険な状態になることはない。
俺が雨よけになれば少しは濡れない。ついでに身体も温められて一石三鳥だな」
「どこが一石三鳥ですか!もう寝ませんから、離れてくださいっ!」
「あはは。いつもみたいにひどくはしないよ、弱ってる君を守ってあげたいからさ」
「守ってくれるなら離れてください!地平線の彼方に立ち去ってください!!」
「あはははは」
必死にもがくも、両手でこちらの両手首を押さえられている。
体力も低下し、ろくな抵抗が出来ない。
「温めてあげるよ。俺が全身でね」
エースはそう言って、手套を外した。

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