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■甘やかされた話9

窓の外は赤い夕暮れだ。抗争による銃声の音が散発的に聞こえる。
私は嫌になってカーテンを閉め、室内に向かった。
「グレイ……」
ベッドで眠るナイトメアに、意識が戻る気配はない。
「グレイ、他の職員さんたちを助けに行かなくていいんですか?」
まだ倒れている人がたくさんいる。
厳しい顔で上司の介抱を続けるグレイに聞くけれど、
「さっき俺が外に出たのは、塔の出入り口の封鎖と、ナイトメア様を追うためだ。
犯人がどの程度の規模でどこにいるか分からない以上、ここから出るのは危険だ」
うーむ。つまり不審者の侵入と犯人の脱出を封じたのか。
私は最後に滑り込みで入れたらしい。
でも、ホラーゲームみたいな状況になったとも言える。ナイトメアはさしずめ、
『こんなところにいられるか、俺は帰る!』と飛び出した臆病な不良さん役か。
「君の話を聞く限り、とりあえず全員、命に別状がないのが救いだ。
だがクローバーの塔がこうでは……抗争も収めなければならないのに」
うん。塔のお膝元で抗争をやられては、中立も役持ちの威厳もあったもんじゃない。
「そしてナイトメア様までお倒れに……くそっ!」
手近の壁をこぶしで叩く。うわ、ヒビが入った。私はビビッて身体を強ばらせる。
グレイはすぐに気づいたようだ。
ハッとしたように私を見て、恥ずかしそうに笑う。
ていうかヒビは入ったのに手は無事なんだ。すごいなあ。
「すまないな。格好悪いところを見せた。せっかく君がいるというのに……」
「い、いえ、いいんですよ」
動揺しつつ私も言う。
精鋭の職員さんから上司まで倒れ、犯人は塔内に潜入、外では大規模な抗争。
さしものグレイも一人では抱えきれないのだろう。
「グレイ、美味しいお茶を飲めば良い考えも浮かびます。番茶でもお淹れしますね」
優しく言って笑うと、グレイは顔を紅潮させ、私に、
「い、いや……俺に淹れさせてくれ。本当にみっともないところを見せた。
君に本当に恥ずかしい、情けない……」
歯切れ悪く何度も言い、そそくさと台所に去って行く。
――グレイ、まいってるんですね……。
成り行きとはいえ私だけでも、彼を支えないと。
グレイはお夕飯も一緒に出すつもりなのか、台所からは、まな板を包丁が叩く音や、
天ぷらのときみたいに油のはねる音や、野菜を鍋に投入する音、中華料理よろしく
火柱の上がる音が聞こえる。
こんなときだけど、私の胃が期待にざわめく。
そんな自分を内心で恥じつつ
「それでグレイ、いったい皆さん、いつから倒れてしまったんですか?」
「この前の昼の時間帯頃からだな。櫛の歯が欠けるように、一人また一人と倒れて
いったんだ。理由は皆目不明だ」
油から何かを引き上げる心地いい音がする。唐揚げかな、コロッケかな。わくわく。
「倒れた方に共通点は?」
「そうだな……全員が俺の淹れたお茶を飲んだ直後に倒れた」


…………は?


「君のために研究していると言っただろう?
だが作る量が多ければ余ってしまう。せっかくだから部下たちにも飲ませていた」
「え?ええと、皆さん、素直にお飲みに?」
「飲み慣れないものだから気が進まないようだったがな。東洋の茶で健康にもいいと
説き伏せて飲んでもらったんだ。だがその頃から体調不良の者が続出し始めた」
……本当に説き伏せたんだろうか。役持ちの権力を使ったんじゃなかろうか。
「そうなると皆、飲みたがらなくなる。それで直接飲ませるのを止めて、全員が使用
するポットに自分の茶を入れて回っていたんだが、そのあたりから一斉に……」
それ、混入って言わないか。
両の手のひらに汗を感じ始めたところで、そしてグレイがこちらにやってきた。
盆に乗せた急須と湯呑み。
「あれ?お夕飯はどうしたんですか?」
ついつい聞いてしまう。
「ああ、すまない。買い出し担当の者も倒れているから食材が不足しているんだ。
あとで茶菓子を出すことにするよ」
「え……」
待て。じゃあさっきまでの音は?唐揚げは?コロッケは?
あなたが鍋に投入していたものは一体、何だったんですか?
あなたが包丁で切っていたものは一体、何だったんですか?
あなたが作っていたものは、何だったんですか!

「えと、グレイ……お台所で何を作ってらっしゃったんですか?」
「え?もちろん番茶だが。
手つきが慣れないもので、これを淹れるだけで手一杯だったよ」
気が利かない男で申し訳ない、と私に詫びる。
だが私の額から冷たいものが滝のようにこぼれ落ちる。
そしてついに私の喉から究極のツッコミが出た。

「え、ええと、グレイ……。あ、あなたのお、お茶に問題が……ある、と思うのですが……」

言えた!やっと言えたあーっ!!


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