続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■甘やかされた話7 ………… 「はあ……」 ため息。ため息。ため息。 とぼとぼと森の中を、店までの道を歩く。 木の上で寝たから睡眠を取った気がしないし、身体が痛い痛い。 あの後。動かない人が倒れている家に居続けることなんて出来ず、私は混乱状態で 危険を全く考えず飛び出した。で、森で孤独な一夜を過ごしたわけだ。 ちなみに木は根性で上りました。私だってやれば出来るんですよ、グレイー! で、てくてくと街に戻り、再び耳に入る銃声を聞きながら店へ……。 ――銃声……? 私はバッと建物の陰に隠れ、身を低くする。 そして、そーっと銃声の方向をうかがうと、飛び交う怒声と笑い声が漏れ聞こえた。 ――て、笑い声? さらにさらに耳をすますと、 「俺はボリスから……ナノが…って聞いたブラッドが、姐さんを……」 「あはは。俺……時計の回収を…………。ついでにナノを……」 あとは聞こえない。というか時計の回収って何だろう。 廃品回収のバイトでも始めたのかな。 ともかく把握は出来た。 チェシャ猫さんが帽子屋屋敷に私のことを連絡→ブラッドが私の保護を命令。 エースはとにかくよく分からない回収業で私のところに来た→ついでに私も回収? という流れらしい。 「はああああ……」 私はこれ以上にないため息をつき、その瞬間に銃声が止まる。 「今、ナノのため息が聞こえなかったか?」 「……っ!」 この世界の人たちの五感が尋常ではないことを忘れていた……。 ………… 「ナノは俺が連れ帰る」 「いいや、ナノは俺と冒険に出るんだ!」 白昼堂々、私を求めて銃を向け合う男たち。 嗚呼、全女性の夢のシチュエーション。私ってば罪な女! ……と、現実逃避出来ればどんなにいいか。 使用人さんの手によって隠れ場所から引きずり出された私は、さっさと銃声の源に 引き出されました。そこではエリオットと憎きエースが銃を構えていた。 エリオットは銃を騎士に向けながら私に暖かく微笑む。 「大変だったな、ナノ。でもブラッドがやっと決めてくれたんだ。 『もう放し飼いは止めて、これからはちゃんと室内で飼うことにする』だってさ! 良かったな、ナノ!!」 「…………」 どこからつっこめば良いのやら。 てか、この物言いで連れて行かれて、人間扱いしてもらえるとは到底思えない。 けれど騎士様も負けていなかった。 「いいや、ハートの城だろ。陛下も同僚も、ナノを城に連れてきていいってさ。 陛下ってば、張り切って寝室を全面改装して、××や××もちゃんと××用の――」 ええと……以下、放送禁止用語のオンパレード。 というか女王陛下は私をご自分の部屋にお泊めになる気満々か。 私は百合の園に直行っぽい。 「ああ、安心してくれよ。俺は騎士だから、ちゃんと君をさらいに行くよ」 うーむ。女の子が一度は言われたいセリフですね。 でも盗む場所は上司の部屋。さらに相手の少女は恋人ではなく『無理やりに関係を 結んでいる単なる知人』。これはこれで犯罪じゃないか。 「ええとですね……」 とりあえず、自分の意思はハッキリ伝えないと。 私は使用人さんに手を離してもらい、騎士様と腹心殿の間に割って入る。 危険を顧みず、争う男たちをおさめる自分!やってみたかったー! 「二人とも、私のために争わないでください!」 ついでに、女の子が一生に一度は言ってみたいセリフも! ……感想。超恥ずかしい。穴があったら入りたいっす。 と、自己嫌悪に入る間もなくエリオットが私に言う。 「でもナノ。最近クローバーの塔の監視がなぜか緩くなって、一部の馬鹿な連中 が暴走し始めたんだ。現にあんたが狙われただろ?」 「クローバーの塔が?何かあったんですか?」 「知らねえよ。でも、あんたが無事だったのは運良くボリスが来たからだ。 けど、次も何もないとは限らないだろ?な、ダダこねないで屋敷に住んでくれよ」 うーむ、塔の動きはさておくとして。 チェシャ猫さんが帽子屋に任せることにした、ということはそれなりの抗争か。 あと助けられた恩もあるし、後ほど菓子折持ってお礼に行きませんと。 「あはは。抗争引き起こしてるところにナノが行くわけないだろ? 無関係なハートの城が一番安全だって!」 「……ときにエース。陛下のご趣味は健在ですか?」 「ああ?××ショーのこと?大丈夫!ちゃんと続いてるぜ!」 ほほう『大丈夫』とな……苛々したら兵士さんの首を切り落とすアレが……。 「どっちにも住みませんよ。それじゃあまた!」 言うなり一目散に走り出し、激戦地から遠ざかる。 「あ、ナノ!待てよ!」 「あはは。ウサギ君、抜け駆けは厳禁だぜ!」 そして背後で始まる銃声。 罪な女のわたくしは、近隣の皆さんに内心で詫びつつ、道をひた走ったのだった。 7/18 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |