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■甘やかされた話1

窓を開けて見上げると、きれいな空が広がっていた。
「いいお天気ですねえ」
私はニコニコと目を細める。

私はナノ。日本から不思議の国にやってきて、今は屋台のドリンクバーなんぞを
営んでおります。自立目指して頑張っているのです。

「たまには、どこかに遊びに行きますか」
毎日が誕生日、思い立ったが吉日。どうせ今日もお客さんは来ない。
まあ日付の概念のあいまいな世界ですが。
私はエプロンをソファに投げ捨て身支度を調えると、足取りも軽く出口に向かう。
上機嫌で鼻歌を歌い、ドアを開けて、
「おやすみ、おーやーすみー♪今日は一日、フリーに決定ー♪」

「そうか。それなら、俺とすごせるな」

バンッと!!
私は開いた扉をすぐに閉めました。
「はあ、はあ、はあ……」
暖かい陽気なのに、滝のような冷たい汗。薄い扉の向こうからは、
「ナノ、俺だ。グレイだ。ここを開けてくれ」
礼儀正しいノックの音。しかしいつまで持つだろうか。
ちなみにこの間は、最終的に扉をぶち破られた。
賢い私は素早く、策略を巡らせる。
「分かりました。グレイ。では身支度を整えますので、扉の前でお待ち下さい」
すると扉の向こうから嬉しそうな声が、
「分かった。でも、あまり待たせないでくれよ。君の顔を見たくて扉を破壊してしまいそうだ」
……これはタイムリミットは少ないと見た。
「すきま風の入る家には住みたくないのですが」
「ならクローバーの塔に住むといい。これで解決だな」
超理論完成か。ともかく、塔の補佐官を素早い機転で退けた私は、いそいそと窓に
向かい、足を引っかける。
――永久に扉の前で待つがいい。
そして私は窓辺から、怪盗何とかのごとく、自由の大地に跳躍――
「え?」
あ、足のつま先が窓枠に引っかかって……地面が、地面が目の前に!
「おっと、危なかったな」
顔面が激突する前に、フワリと受け止められました。
「へ……?」
私は地面に両手をつく。あれです。体育の時間にやった倒立の姿勢。
そして私の両足首を持ったグレイは私の足をゆっくりと下げ、無事に下ろしてくれ
ました。何だって激突に間に合ったかはさして問わない。この補佐官は頭の良い方
なのだ。私はぴょこんと立ち上がり、グレイに頭を下げました。
「ありがとうございます、グレイ。おかげで朝から鼻血を出さずにすみました」
「君を助けるのは当たり前のことだ。さ、行こう」
グレイは笑顔で私に手を差し出してくれる。
「ええ、グレイ」
と、私はすささささと、後ずさりし……木の幹に背中をぶつけました。
「い、いたたた」
「可哀相にナノ、さあ、行こう」
グレイはなおも笑顔で手を差し出してきます。
――く……これまでか……。
しかし私は素早く木の幹に手をかけ、自由の大空へ!
「…………」
幹にしがみついたまま、それ以上登れない。嗚呼、運動音痴。
「ナノ。下から押そうか?」
木に登れる技巧など己に期待してはいけませんでした。
あと手伝うフリをしてお尻を撫でないでください。
結局、私は両脇を支えられ、地面に下ろされました。
「…………ええとグレイ、その……」
手段も尽きた私は両手の指をもじもじとからませながら、上目づかいにグレイを見る。
「ナノ」
見下ろされる。手が頭にのび、私はビクッと身じろいだ。
――怒られる?怒られますか?怒られなきゃいけない流れですか?
けれどグレイは私の頭を優しく撫でると、少しかがんで目線を合わせる。
「すまない。怖がらせてしまったな。本当は注意喚起に来たんだ。
帽子屋が新しい夜の玩……いや、とにかく良からぬ考えを抱き、精鋭の部下どもに
君をさらってくるよう命じたという情報が入ってきたんだ。だから俺が来た」
……帽子屋のボス。人を性欲処理玩具兼、紅茶を淹れられるお得なペット程度にしか
考えてない最低最悪な男。
気が向いたとき、こちらの都合など構わず、まさしく玩具のように連れてこさせる
迷惑な奴である。今は新しい×××を仕入れて、さっそく私で『試したい』らしい。
――うーむ。そういうネタが絡むとしつこい方ですからね……。
奴が他のものに興味を移すまでどこかに身を隠すべきか。
「グレイ。私はハートの領土の宿にでも身をひそめます。塔には頼りませんから」
とりあえず特定の領土内なら、マフィアも自由に動けないはずだ。
いざとなれば白ウサギに頼る手もある。
私がキッパリ言うと、グレイは少し寂しそうにする。
「ああ、そうするといい。だが、その、そこに行くまで一人では危ないだろう。
良かったら、俺がその、君の護衛をしてもいいだろうか」
グレイの目は真摯で一点の曇りもなかった。だから私も、あらぬ方向を指差し、
「ご親切にありがとうございます。グレイ。それはそうと、あそこにナイトメアが浮いてますよ」
「何っ!?」
グレイの気が一瞬それた隙に、私はクラウチングスタートで猛ダッシュを開始した。

「ナノっ!一人でうろついては……!」
あなたがそれを仰るか。
私は砂煙を立て、速やかにグレイの視界から消えることに成功した。

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