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■捨てた話15

「ありがとう、ブラッド!じゃあ早速帰ったら焙煎を始めますね!」
「何……」
珈琲豆の焙煎。一度しようものなら皮が飛び散るわ、壁や服に珈琲の匂いが染みつき
取れないわと、さんざんなことになるけど、紅茶には移らないだろう……多分。
「やはり不許可だ!焙煎までされてたまるか。前言撤回する。珈琲は認めない!」
ブラッドがキッパリ言った。
焙煎の知識があったか、私の笑みから何か読み取ったか……。
「それに一度許可すれば君のことだ。昼夜お茶会問わず飲み出すだろう。
一度の過ちが『いつも』につながるまでに、さして時間はいらないはずだ」
い、いえ、そんな人を×××中毒みたいに言わなくても。
……でも、確かに許可されたらなし崩しにそうなりそうな気もする。
「とにかく、珈琲を全面的に許可するまで帰りませんから。お引き取りください」
するとブラッドは一転して猫なで声で、
「ナノ……何が欲しい?そうだ、この前きれいだと言っていたピンクダイヤの
アクセサリーを一式あげよう。もちろん君に似合う服と下着もつけてな」
「珈琲を許可してくれたら、もらってあげないこともないですよ」
「…………」
うわあ、殴りてえこの女、と思ったそこのあなた。ご安心ください、私自身が一番
そう思っております。ブラッドの顔も、かつて見たこともないくらいに引きつる。
「じゃあ最初から言うなよナノ……」
ナイトメアが私の思考にコメントする。
「帽子屋。おまえも、いかがわしいお仕置きを考えるのは帰ってからにしてくれ」
ブラッドにもツッコミを入れつつ、ナイトメアも困り果てているようだった。
「もう痴話げんかでも何でもいいから余所でやってくれ。
ああ、早く帰ってきてくれ、グレイ……」
何て気の毒なナイトメア。彼を困らせないために、ブラッドは早く帰ればいいのに。
「君のせいだろうっ!!」
よりにもよってナイトメアにツッコミを入れられました。ブラッドも苛々と、
「トカゲとは、よりを戻そうと誘惑し、芋虫とは秘密のおしゃべりか?
やれやれ。珈琲と浮気を阻止するために当分部屋に閉じ込めておかねばな」
ブラッドにまで失礼なことを言われました。
「私を連れ戻せるものなら、どうぞご自由に」
「お言葉に甘えさせてもらおう。方法などいくらでもある。
君があきらめて私の手の内から逃げなくなるまで、連れ戻させてもらう」
そう言うブラッドはどこか楽しそうだった。
中立地帯で領主が目の前にいるのに、彼にはあまり意味がないらしい。
うう……マフィアのボスに、場数の少ない余所者少女は分が悪い。
しかし彼女はあきらめない!
いつか珈琲を許可され、屋敷で堂々と珈琲豆の焙煎が出来るその日まで!
「ナノ。私のツッコミ待ちか?そうなのか?そうなんだろう!?」
ナイトメアは本当に泣く寸前だった。

――うーん、ちょっとふざけすぎたかも。
ちょっと反省する。
まあ確かに塔には迷惑をかけているし、グレイに変な期待をさせることになったら
本当に申し訳ない。
残念だけど、そろそろ帰ろうか。
私は渋々立ち上がる。ナイトメアはホッとしたように、
「そうしてくれ。帰りはドアの回廊を使うといい。
それなら、外回りのグレイと顔を合わせずにすむだろう」
うーん、ブラッドとグレイが鉢合わせしたら、まさしく修羅場だ。
お言葉に甘え、今後は来るのを控えるべきだろう。
「でも、ときどきは私たちに元気な顔を見せに来てくれよ。皆で大歓迎するから」
「ありがとうナイトメア。グレイにもよろしく言ってくださいね」
ナイトメアはようやく笑顔でうなずいてくれた。
私はアハハと笑い、苦虫をかみつぶした顔のブラッドに片目をつぶった。
「帰ろう、ブラッド」
そう言って彼の手を取る。
「……帰ったら、じっくりとお仕置きをさせてもらうからな」
「でも珈琲はいつか必ず許可してもらうからね」
けど、握り返してくれる手はとても温かい。
そして私たちは扉に向かう。
振り向いたときに見たナイトメアの顔は、どこか切なそうで、でも嬉しそうだった。

――この世界に連れてきてくれて本当にありがとう。

心の中でだけ言うと、優しく微笑んでうなずいてくれる。
――そうだ、他のいろんな人にも挨拶して回らないと。
急な閉店で驚いている役持ちも多いだろう。
お世話になった人、一人一人の顔を思い浮かべて思う。
まあブラッドが警戒してあまり外に出してくれないと思うけれど。
そこは何とかするしかない。
何とかしよう。

「愛してる、ブラッド」
ナイトメアの部屋を出て扉を閉めたとき、私は小さく小さく呟いた。
「私もだ」
「え……!?」
驚いて見上げると、優しいキスが下りてきた。
幸せな気分でそれを受ける。
ブラッドが大好き。ずっと彼と生きていく。
そよかぜのように、彼という銃弾にいつまでも寄り添う私でありたい。

「帰るぞ、ナノ」
「うん!」
私はとびきりの笑顔でブラッドと手をつなぎ、歩き出す。

この手を離さない、ずっと、いつまでも!


…………
Thank you for the time you spent with me!!!!!

2011/09/29
aokicam

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