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■捨てた話14

クローバーの塔は相変わらず穏やかな雰囲気に包まれている。
「グレイ、ココアのおかわりはいかがですか?」
「あ、ああ……い、いただこう」
温かいココアを淹れて手渡すと、グレイは戸惑いながら受け取ってくれた。
私はうなずき、持ち込んだ携帯畳の上に正座し、玉露をすする。
「はー、お茶が美味しい」
「ナノ……いいのか?帽子屋屋敷に帰らなくて」
ナイトメアが恐る恐る私に言う。
私が執務室に入ったとき、二人の驚愕の顔は見物だった。
それから珈琲とココアを存分に淹れ、茶を飲んでくつろいでいる。
「別に。友達の家に泊まるくらい、よくあることでしょう?」
最初は店で寝るつもりだったけど、仕事の速いグレイの手によって、店のあった場所
は、もう更地になっていた。
私は正式に帽子屋屋敷所属になったし、中立地帯の塔以外どこに頼れと。
「だが正式に移り住んで、まだ五時間帯だろう……ケンカ別れには早すぎないか?」
グレイはたいそう複雑な顔で私に言った。私は構わずに茶をすすり、

「珈琲が許可されたら帰ります」

そう。全ての嗜好飲料をこよなく愛する身として、それだけは譲れない。
「マフィアを廃業してもらうよりは、はるかに簡単でしょう?」
ナイトメアにニヤリと笑うと、ナイトメアは、
「いやマフィア廃業の方が、まだハードルが低いだろう。奴にとっては」
私は茶うけのせんべいをガシッとかじり真っ二つにする。
それだけなのに二人がビクッとして私を見る。

「私も学ぶことにしました。
ブラッドがしたいようにするのなら、私だってしたいことをさせてもらいます。
ココアを淹れたいときにはココアを淹れ、珈琲を淹れたいときには珈琲を淹れます。
それを妨害されるのであれば……もはやそれまで」

何がどうそれまでなんだろう。自分で言っててちょっと分からないけど。
「俺が見たときは、本当に女の子らしく、しおらしくて可愛かったのですが……」
「グレイ、やっぱりまだチャンスがあるんじゃないか?
あの空き地は売らずに、もう少しそのままにしておかないか?」
主従が何やらコソコソ話し合ってるけど聞いちゃいない。
ああ、お茶が美味しい。

…………
その後、グレイはちゃっかり、私に『ナイトメア様を見張っていてくれ』と頼んで
別の仕事に出かけていった。
なおも茶を飲み、私を説得するナイトメアと話し合っていると、
「ん?誰だ?」
扉をドンドンと叩く音が聞こえた。グレイだろうか。
ナイトメアが手を振ると、自然に扉が開き、血相を変えたブラッドが入ってきた。

「ナノ……!」
息も荒いブラッドは、携帯畳の上で茶を飲んでいる私に目をとめ、睨みつける。
「帰るぞ、ナノ!もう君は私の女で、君もそれを受け入れたはずだ!」
「珈琲を許可していただけたら帰ります」
私は邪悪な笑みを浮かべ、マフィアのボスを横目で見る。
ブラッドは私の言葉に、露骨に不機嫌な表情を浮かべると舌打ちし、
「また敬語など使い出して……」
と、私に近づこうとする。
しかし私は涼しい顔でスルーし、ナイトメアに言う。
「ナイトメア、あの空き地にまた店を構えることは可能ですか?」
するとブラッドは珍しくこめかみに青筋を立て、
「ナノ。君は私を愛していると言った。マフィアでも、私が好きだと。
なら珈琲などと言う、口に出すのも耐えられない飲み物も捨てられるはずだ」
私はムッとして、
「珈琲も芸術です。エリオットのニンジンみたいなものだと思えばいいでしょう。
趣味で飲む分くらいは許可してくださいよ」
するとずいぶんと長い沈黙があり、心底からの苦悩をにじませる声で、

「…………珈琲の悪臭が紅茶を浸食する程度でなければ……構わない」

おお、ついにあのブラッドが譲歩を!?

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