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■捨てた話13

そして一時間帯後。
ブラッドの部屋のすみで私は丸くなっていた。

壁に額をつけ、暗黒オーラを拡散させ、ブツブツと呟いている。
「これは夢……悪い夢……そう、私は夢を見てる。目が覚めたら店の中で……私は
大空を羽ばたく自由な小鳥のように……」
「ナノ。現実逃避はそろそろ止めなさい」
ブラッドの優しい声がした。
「歓迎パーティーは延期にした。まあ部下たちは喜んで胃の中に片づけるだろうし、
君のためなら、後日、もっと豪華なものを作ってくれるだろう」
そして楽しそうに続ける。
「ああ、人を集め、盛大な披露宴も悪くはないな。
ナノ。ドレスや教会に希望はあるか?」
私はキッと振り向いてブラッドを睨みつける。
「私、別にあなたと結婚する気はないから!」
「だが、皆の前で壮大な愛の告白をしてくれただろう。
あれには全員が感動させられた。後々まで語りぐさになることだろう」
「〜〜〜っ!!」
頭を抱え、じたばた。
いくら恋に狂っていたとはいえ、人目かまわずあんなことを……!
黒歴史だ。目撃者全員を抹消したい!
「ふむ。君のいた世界では、人前で愛を告白することは珍しかったのか?」
「……ぶっちゃけ、晒されても仕方ないレベルなの」
嗚呼、匿名空間での罵倒が目に浮かぶ。
「そう被害妄想に陥るな。ここで君を嘲笑する者があったら私が全て片づけるさ」
「……結婚はしないから」
釘は刺しておく。
「紅茶を淹れる代わりに屋敷においてもらうだけ。変な勘違いはしないでね」
ブラッドはニヤニヤと私の背中を撫でる。
それは愛を告白され、完全に優位に立った者の笑みだった。
「まあ、しばらくはそれもいいか。君を住まわせるだけであの至高の味がいつでも
堪能出来るなら、例え君ということをのぞいても安いものだ」
そう言って、なおもイジイジしている私を抱き上げ、ベッドに連れて行く。
私もくたっとあきらめ、もう抵抗はしない。
もう私は完全にブラッドの物になってしまったのだ。

ベッドに横たえられ、ブラッドも私の横になる。
でもすぐに手は出さず、私の髪を撫でてくる。
本当に嬉しそうに、愛おしそうに。
「大事にするよ。ナノ。ずっと、いつまでもな」
「ブラッド……嬉しい。本当に」
そして抱きしめあって、またキス。
けれど幸せなだけに心に陰りがある。
「でもブラッド。私は、やっぱりあなたの仕事には賛成出来ないの」
腕枕をされながら呟く。
「人を傷つける仕事の人とは……マフィアのあなたとは合わないと思うの……」
「そうか」
善良な人を傷つけ、苦しめ、陥れる。それがマフィア。
元の世界でも、その陰惨な犯罪と手口は毎日のように耳にしていた。
あのときは遠い海外のニュースだったけど、今は私の中の現実。無視は出来ない。
「でもあなたが好きなのも本当。私、どうすればいいのかな……」
考えて考えて、結局出なかった答えをブラッドに投げてしまう。
そしてマフィアのボスは私の欲しい答えをくれる。
「私に全てをゆだねればいい。私だけを見て、私に従え。私に守られていなさい。
マフィアの裏の顔は、なるべく君には見せないことにしよう。
簡単ではないが、市民の犠牲が減るようエリオットに指示してもいい。
だから私に従え。何も考えず、私と永遠のお茶会を続けなさい、ナノ」
「……ブラッドがそう言うなら」
「そうだ。私はしたいようにする。君を、二度と手放さないからな」
「……うん」
「いい子だ」
私はズルい。見えないからといって、無いことにはならない。
エリオットへの指示も口約束で終わるという気がする。
でも、今はそれで自分を慰めるしかない。
私はブラッドに抱き寄せられ、彼ともう一度キスをする。
多分これからも私は、マフィアの陣地にいることに迷い、葛藤し、苦悩するだろう。
でもそれが帽子屋ファミリーのボスの女になる、せめてもの対価だ。

私はブラッドのそばから離れない。二度と帽子屋屋敷の外に行かない。

そんな決意をこめ、ブラッドにまた深いキスをして、足を絡める。
ブラッドはご機嫌で、私の身体を撫でて来る。
「さて、無粋な話題は止めよう。今夜は、私も自分を制御出来そうにない。
眠れると思うなよ、ナノ」
「望むところね」
二人でクスクス笑う。
ブラッドの手が気持ちのいい箇所を這い、身体が早くも熱くなっていく。
「ナノ。夜が明けたら紅茶を淹れてくれ。最高の一杯を」
「目覚めの一杯は珈琲がオススメだけど?」
私は首をかしげ、そう言った。そしてふと思い出す。
最初は何となく飲んで、いつの間にか奥深さに惹かれていた珈琲。
そういえば珈琲ってここでは……。
ブラッドは私の腿を撫で上げながら不快そうに言う。

「珈琲は許可しない。あんなものはここでは禁止だ」

「っ!!」
私はガバッと跳ね起きた。

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