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■捨てた話12

うろうろ、うろうろ。
帽子屋屋敷の前を通る私に双子が声をかけてくる。
「こんにちは!お姉さん!」
「こんにちは〜お姉さん!」
「こんにちは、二人とも。それじゃあまた」
「うん、またね!」
「またね〜!」
私は門をそのまま通りすぎ…………くるりと回転し、来た道を戻り出す。
そして当たり前だけど、すぐに双子と再会する。
「こんにちは!お姉さん!」
「こんにちは〜お姉さん!」
「こんにちは、二人ともそれじゃあまた」
「……うん、またね!」
「……またね〜!」
私は門をそのまま通りすぎ…………くるりと回転し、来た道を戻り出す。

以下中略。

うろうろ、うろうろ。
「…………」
「…………」
「こんにちは、二人とも。それじゃあまた」
「…………」
「…………」
あいさつに疲れた双子をねぎらう余裕すらなく。
私は門をそのまま通りすぎ…………くるりと回転し、来た道を戻り出す。
いい加減、私も双子も精神力の限界だ。
でも私はふんぎりがつかない。
ブラッドに早く会いたい。会わないのは耐えられない。
そう思うのに勇気が出ない。
双子は双子で私がうろうろするからサボれないし、正規の休憩まで取れなくなる。
いいかげん辟易したらしく、顔をつきあわせてヒソヒソ話している。
『どうする?兄弟。屋敷の中に引きずってこうか』
『でも〜絶対にそれはするなってボスが〜』
うう……足下を見られてる。
――や、やっぱり帰ろうかな……。
帰る場所など無いと知りつつ考えてしまう。
そうだ、向こうだって汚い手を使ったんだもの。
借金を返してもらったのなら、もうこちらの知ったことではない。
恩義なんてうっちゃって、クローバーの塔に……

「よ、ナノ!おかえり!」

……『おかえり』?

門の前に三月ウサギが来ていた。太陽のごとき明るい笑顔だった。
「姐さんになってくれて嬉しいぜ!さあ入れよ。ここはもう、あんたの家なんだぜ?」
「あ、ずるいよ!ひよこウサギ!」
「お姉さんにひいきされてるからって調子に乗るなよ〜」
双子がぎゃあぎゃあわめいているけど、私は聞いてない。
「え、ええと、その、私は別にブラッドに会いに来たわけじゃ……」
何となく意地で否定してしまう。
「え?だってブラッドにラブレターを書いてただろ?」
「あ、あれは!ペンの試し書きのためのお遊びです!ていうか、なぜそれを!?」
すると三月ウサギは素直に首をひねる。

「あんたが大けがしたとき、日用品を取りにあんたの家に行ったんだ。
そしたらテーブルの上とか、くずかごの中に、ブラッドへの手紙がわんさか……」

「――っ!!」
み、み、み、みみみ見られていた……?
最終稿だけではなく、それまでの失敗作も全て!?
も、もしかしてブラッドがいつもと比べて最初から優しかったのは、すでに私の本心
を知っていたから……?
――あ、あ、あ、あんの野郎ぉ……!
「あと、あんたが出かける前、屋敷でも書いてただろ?
ブラッドのやつ、書きかけの手紙を持ってこさせて、全部読んで大爆笑してたぜ?」
「――――っ!!!!」
……くずかごに捨てようと、片づけるのはここの使用人さんだったっけ。
「……帰ります」
私は彼らに背を向ける。
「え?どこに帰るんだ?あんたの家はもう帽子屋屋敷だろ?」
「そうだよ、お姉さん!みんなお姉さんを待ってるんだよ?」
「歓迎パーティーの準備だってしてるんだよ〜?」
「帰るったら帰ります!ブラッドなんか大嫌いです!ていうかマフィアだし!」
あ。忘れてた……。
そういえば、最初は『マフィアだから』あきらめようと思ってたんだっけ。
何でラブレターを盗み読みされたからとか、せせこましい話になってるんだ。
「大丈夫だって。ブラッドがあんたを拒むなんてありえない!
さっきからそわそわして、ずっとあんたを待ってるだぜ?さ、来いよ」
「だって……だって……」
じりじりと後じさる。
もう後がない。グレイと別れ、店の撤去も頼み、ラブレターまで見られ。
これ以上にないチェック・メイト。
でも心がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。もう泣きそうだ。
いっそハートの城か森にでも行くかという選択肢が頭をかすめたとき、

「ナノ」

声がした。
私の全ての動きがピタリと止まる。

ゆっくり振り向くとブラッドがいた。何人かの使用人さんも伴っている。
「何だよブラッド。待ちきれずに迎えに来たのか?」
エリオットの声も遠くに聞こえる。

ブラッドも私だけを見ていた。

あの全てを魅了する、私だけの碧の瞳が、私を捕らえて。

その瞬間に、全てがどうでも良くなる。
気がついたときには駆けだしていた。
バッグを投げ捨て、帽子屋屋敷の門をアッサリとくぐり、ブラッドの元へ。

「ブラッド!」
「ナノ……!」

思い切り地面を蹴った私をブラッドが両手で受け止める。
私たちは、まるで長いこと引き離された恋人たちのように抱きしめ合った。

顔を上げさせられ、唇が重ねられて、私も拒まずに受け入れる。
なぜか涙がとめどなくあふれてくる。
嬉しくて嬉しくて、想いが止まらない。
ブラッドがいる。私はずっとここにいる。
もう離れたくない。愛しくて仕方ない。
唇が離れた瞬間に、その思いを言葉にすることしか考えられなかった。

「ブラッド!大好き!大好き!ずっと大好きだった!!
もう離れない、私はどこにも行かないから……!
ずっとずっとあなたのそばに、私はいるから!」

そして至福の思いの内に、呼吸を整え、大きく言った。

「ブラッド。私、あなたを愛してるっ!」

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