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■捨てた話9

「戻っているな」

「え?」

最初、言われた言葉の意味が分からなかった。
「味が戻っている。そう、あの最後の会合前の味だ。君が一度だけ淹れてくれた、
神がかりのブレンド。もう飲むことは出来ないと思っていた、あの至高の紅茶だ」
ブラッドは自分でも信じられないというように、まじまじと私を見る。
「だが、なぜ突然腕が元に戻った?店など開き大衆向けの味に堕落し、もう二度と
味わえないと、半ばあきらめていた。それなのに、なぜ……」
そう言われても困る。こちらだって考え事をしながら淹れてたのだから。
「偶然か?だがこのブレンドの素晴らしさは、緻密に計算しない限り……」
紅茶から気をそらすことも出来ず、ブラッドはブツブツ言いながらも飲みほした。
空のティーカップを渡された私は二杯目を淹れる。
最後の一滴、ゴールデン・ドロップの波紋が水面に美しく広がった。
私はそれをブラッドに手渡した。
「…………」
ブラッドはグチグチ言うのは止めることにしたのか、今度は味わいながら飲む。
芳香を嗅ぎ、ゆっくりと含み、舌先で味わい、音を立てて飲むと、後味を確かめる。
それを何度も繰り返す。あまりにもゆっくり飲むから紅茶が冷めるのではと思った
けど、冷めた紅茶の味を見るのも目的らしい。冷たい紅茶もゆっくりと飲む。

で、私はというとワガママなボスのために次のブレンドに着手していた。
売れる紅茶とか評価される紅茶とか、余計なことは考えない。
ただどうしたら至高の味になるか、絶妙なバランスになるか、味が安定するか。
それだけを考え、周囲の景色が見えないほどに集中する。
……まあ言ってみれば『勘』と『適当』の世界だけど。
そして、勘違いボスが紅茶を飲み終わった瞬間にスッと次の紅茶を差し出した。
ブラッドは今気がついたというように、それを受け取り、神妙な顔で飲む。
私は最初の紅茶より、緊張で手が震えた。
そしてブラッドは言った。

「……素晴らしい。ルフナとアールグレイの芳香が互いを消すことなく混じり合って
いる。それにアッサムとウバを加え、渋みを強調したか。個性の強い茶葉をこうも
奇跡的に融合させるとは。君は、やはり腕が元に戻っているようだ」

何か、さらに絶賛された。
「適当に淹れたのに……」
ポツリと独り言を言うと、
「そうとも。君が『何となく』『適当』というときは腕に何かが宿るようだな」
褒められているような、微妙にけなされているような。
「この紅茶がこれからずっと味わえるのなら、もう何を捨てても惜しくない」
「……え?」
紅茶を淹れて出て行くつもりだったのに、何かブラッドの好感度が一気に上昇したみたいだった。
呆れながらも、心のどこかで思う。

――嬉しい……。

うん、すごく嬉しい。
こんなにも私の紅茶を喜んでくれる彼のために、ずっと淹れてあげたい。
ブラッドが喜ぶ紅茶をどこまでも追及したい。
そんな思いにかられる。

――でもダメ。出て行かないと。

胸が苦しい。とても痛い。
私は耐えきれなかった。
紅茶を夢心地で堪能するブラッドからそっと離れ、静かに部屋を出た。

…………
「はあ……」
で、数時間帯後。まだ私は帽子屋屋敷の中にいた。
場所は適当な客室。まだ出て行っていない。進まない。
そう。『思いを告げずに去る』というヒロインっぽい決断をしたはずなのに。
気がつくとテーブルの上に便せんを開き、思いをどう伝えるか迷っている。
恋文の再開。もう自分がコントロール不能だ。

まあ『好きです』の一言のやつはやっぱりボツだ。シンプルすぎる。
「はあ……元の世界ならボタン一個で告メの書き方サイトとか出たんだけど……」
無精なことを考えつつ、改めてペンを取る。そして何通か書きだしては無駄にし、
「うーん、ブラッドだから、定番な手紙はダメかな……」
いっそ元の世界風に、軽く軽く、

『ブラッドしゃま
==((( (/* ^^)/
ハロー!(*`∇´*)v
あなたのナノでぇす(///∇///)キャー!
ぇぇと、ゎT=UはぁTょT=
ヵヾ好き!みT=いT”す
( °∇^)ノ☆
壁┃*ノノ) キャーハズカチ!
でも(#ノ▽ノ#)大好き!!
(*/。\*)ハズカチー!なのだ!
(^з^)−☆Chu!!
あなたのナノより
(o・・o)/~マタネェ』

「…………」
恐らく正気の存在を疑われる。
というか痛いよ\(^〇^)/
自分で書いていて内容が分からないよ(`ヘ´#)プンプン!
そして手書きで顔文字ってどうよwwwwwww

……いかん。思考まで顔文字に浸食されるところだった。
危険な手紙は即効、ぐしゃぐしゃにしてくずかごにポイッとな。

私はテーブルに頭をコトンと乗せ、悶える。
素っ気ない告白から、甘ったるい告白まで。
何十枚と書いて、結局全てくずかごに投棄された。
「お嬢さま、失礼します〜」
そのとき、部屋を掃除する使用人さんたちが何人か入ってきた。
「ご苦労様ですー」
私も慣れているので、テーブルに頬をつけたまま彼らを見る。
「ナノさま、お手紙を書かれているんですか〜?」
「さいです。でも恋文って難しくて……」
『……恋文?』

テキパキと掃除を始めようとしていた使用人さんたちが一斉に動きを止める。

…………しまった。
「お嬢さまがラブレターですかあ〜っ!?」
「お手直しのお手伝いをしますよ〜!」
「嬉しいなあ〜ナノさま、やっとお屋敷に住んでくれるんですね〜」
たちまちキャーッと黄色い声を上げて囲まれる。あなたたち女子小学生か!
「ち、違う!違います!ブラッドへのラブレターなんか書く気はないですから!」
真っ赤になって必死に否定し、ハッとする。
誰もブラッドへのラブレターなんて言ってない。
恐る恐る皆さんを見ると『引っかかった』と言わんばかりの邪悪な笑みが。
こ、こいつら……!
「ボスへのラブレターですかあ〜!ついに告白されるんですね〜」
「誰にも言わないから安心してくださいよ〜だからちょっと読ませてください〜」
「うふふふふふふ〜ナノさまが〜♪ボスに〜♪ラブレターを〜♪」
「わー!わー!わーっ!!」
もはや耐えがたくなり、私は両手を耳に当て絶叫。
そして暖かい笑いを背に、部屋を飛び出したのであった……。

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