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■捨てた話5

私は困ってソファに座った。
するとブラッドが私の真横に座る。
今や傷の治った私は、お尻をずらし、距離を取る。
そうしたらブラッドも身体をずらし、近づいてきた。
もう少し距離を取る。
さらにつめられる。
じりじりとソファの上を追いつ追われつし、やがて反対側のひじ掛けに至る。
ブラッドが笑いながら私に手を伸ばし、私の身体に触れ、
「っ!!」
電撃が走ったように、私はビクッと跳ね上がり、ソファから飛びすさる。
ブラッドも手を伸ばしたまま、驚いたように私を見て、そして笑って何か言った。
うう。傷の巻き戻りに差があるのか、聴力までは回復していない。
ブラッドもそれに気づいたか、とりあえずといった感じで立ち上がり、こちらに
近づいてくる。私は後じさり。
今まであまり気にかけてこなかったつもりだけど、身長差がちょっと怖い。
ブラッドが私の身体に手をのばし、さらに後ずさる私。
らちが明かないと思われたか、こちらの腕をつかもうと手を伸ばされ、手が触れる。
「っ!」
またもさっきのような電撃。
手をつなぐどころか、回数が分からないくらい身体をつないだというのに。
ともかく大きく後ろにジャンプした。
後ろ走り幅跳びなんて競技があったら記録を狙えるのではと思えるくらい。
そんな私に、呆気に取られた顔だったブラッドの表情に……よこしまな笑いが広がる。
「――っ!」
身体的な危機を感じ、ブラッドに背を向け部屋の奥へ。
チラッと後ろを見ると案の定、追ってこられていた。
とりあえず賢い私はベッドあたりでブラッドをかわし、ドアに一直線という計画を立てる。
「!」
大きなベッドに飛び乗ると思惑に乗った愚かなボスがついてきた。
伸ばされた手をフッとかわすと、そのまま反対側から飛び下り、一気に自由の扉へ一直線!
今なら世界を狙えるのではないかという高速で駆け、扉のノブを……。
ガチャガチャ。

開きません。以上。

…………

凍りついた肩を叩かれ、今度こそ抱きしめられる。
ついでのように胸を手のひらで包まれ、服ごしに優しく愛撫された。
「…………」
それだけでもう動けない。心臓の鼓動が高くなって高くなって呼吸が出来ないんじゃないかと思うくらい。
ふにゃっと力が抜けてブラッドにもたれると、彼の方を向かされた。
指で顎を持ち上げられ、ブラッドの顔を見させられる。
でもあの碧の瞳を見るのが何だか怖くて目を伏せた。

唇に、柔らかくて熱い何かが触れる。
いつものように支配するためのキスではなく、私を待ってくれている。
おずおずと唇を開くと、ゆっくりと舌が入ってきた。
まるで初めてのキスのように緊張しながら舌を絡める。
最初は軽く、次第に強く、耳が回復していたら、多分音が聞こえていただろう。
私は止まるのではないかと思うほど高い鼓動のままブラッドの背に手を回した。
たったそれだけなのに、ブラッドが突然、私を強く抱きしめた。
「っ!」
さっきの比ではない強さで口内を荒らされる。息継ぎがろくに出来ないほど、舌を
貪られ、吸われ、唾液を舐め取られる。耳に唾液の絡む音がやけに大きく……
「……?」
あれ?何だか急に音が……。
「さあ、ベッドに行こうか、お嬢さん」
突然ブラッドの声が耳元で聞こえ、ビクッとする。
やっと唇が離されたのだと今さら気づき、安堵したような残念なような気持ちだった。
「ナノ。さあ、歩きなさい。さっきは優雅に跳躍してみせただろう」
「…………」
腕を引かれたけど、足に根が張ったように動けない。
頬を染めたまま、未だに悪あがきでノブを回してみたり、少しでも先延ばしにしようとする。
「全く……困った子だ」
「っ!」
身体がふわっと浮いたかと思うと、ブラッドの顔が目の前にある。
お姫様抱っこをされたのかと気づき、慌てて下りようとするけれどボスの力は強い。
「まるで初めてのようだな、ナノ。だがとても可愛いよ」
「…………!」
その言葉にまた力が抜ける。するとブラッドは目を細め、大股に歩き出す。
「戻ったか。まあ聞こえていなくとも君は素直すぎる反応を返してくれたがね。
ベッドでは可愛らしい喘ぎ声を期待しているよ」
「――っ!」
胸を拳で叩いてやると笑われた。
そして壊れ物を置くように、優しくベッドに乗せられた。

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