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■捨てた話3

目を開けると天井が見えた。
――それはそうですね。
寂しい一人ツッコミ。でもその天井がやけに高い。
私のプレハブ小屋なら、小さいから当然、天井も近い。
プレハブではないですね、と思いながら周囲を確かめようとした。
でも身体が上手く動かない。仕方なく目だけでキョロキョロする。
う……この強迫的なまでの帽子のモチーフの数々は……。
――うっわ、帽子屋屋敷ですか!
また、かっさらわれてしまったんだろうか。いいかげん物扱いを改めてほしいのに。
脳内で毒づきながら寝返りを打とうとして、
――う……ぐっ!
激痛でおかしくなるかと思った。目から涙がにじみ出るけど、動けない。
よく見ると私の腕には点滴、全身に包帯が巻かれている。
そして、さらによく見るとベッドサイドの椅子にエリオットが座っていた。
まるで抗争の後、そのまま来たかのように汚れたスーツ姿だ。
腕組みしてうとうとしていたけど、私が苦しむ気配で目が覚めたらしい。
数回まばたきし、寝ぼけたようにしばし宙に視線をさまよわせ、私と目が合う。
彼の唇が、私の名前をつむいだ気がした。
どうも爆発で耳をやられたらしい。
――あ。どうも。お久しぶりです。
声を出そうと思ったけど出せなかった。
エリオットの目が見開かれ、呆気に取られたような表情に、みるみる歓喜の色が
広がっていく。そして拳をあげて、何やら絶叫?すると、外に走って行った。
私はまばたきしながら、彼を目で追い、まぶたを閉じた。
眠りは迅速に訪れた。

…………
何やら頬に触れられた気がして目を開ける。
――…………。
ブラッド=デュプレが立っていた。端正な顔が、今は苦しそうだった。はて。
そして思い出す。そうだ。最高の紅茶を淹れ、手紙を渡すのだと。
でも手紙は忘れ、紅茶はデストロイ、私自身は……。
手を動かそうとして、痛みに顔がゆがむ。
それでも何とか動かそうとしていると、ブラッドがその手をやんわり押さえた。
何か彼の唇が動いたけれど、何を言っているのか分からない。
どうも爆発で鼓膜がやられたらしい。何も聞こえない。
すると、ブラッドが私に触れるだけのキスをした。
――あ……。
心が熱くなる。脈拍が上がり全身に生気が運ばれていく。
でも……巻き込まれたのは災難だったけど、逆に冷静になれた。

彼に告白しようなんて、血迷っていたとしか思えない。

ブラッドを好きになるのは、他の役持ちを好きになるのと全く事情が違う。
彼は帽子屋ファミリーのボス。あの悲惨な光景を日常的に引き起こしている人だ。
彼に告白しようとしたことは、私の胸に永久に閉まっておこう。
私は痛みをおして彼に背を向け、目を閉じた。
背中を撫でてくる気配。でも無視する。
眠りは慈悲深く迅速に訪れてくれた。

夢の中では夢魔に会った。
夢魔の話によると、あちらも事態は把握しているらしい。けど、塔からの引き取りの
申し出は、帽子屋屋敷に全力で拒否されているそうな。屋敷で治療すると。
私は今回もしばらく帰れないらしい。はあ……。

…………
目を開ける。もう点滴はついていなかった。
私は身体を恐る恐る動かしてみた。
うん、痛みはあるけど、寝返りは問題なく打てるようだ。
私は安心して丸まり、そこで周囲の風景が変化しているのに気づいた。
「……?……っ!」
ブラッドの部屋、だ。
いつの間にか移動させられていたようだ。これはヤバイ。外に出ないと。
身体を動かそうとして、今度は巨大な針を刺したような激痛にうめく。
はい降参。
仕方なく、そのまま目を閉じた。

…………

包帯を変えてくれた使用人さんが出て行った。私の傷は順調に回復してるみたい。
私は今ソファにいる。そう、もう起き上がることが出来るのだ。

あれから寝て起きてお世話されて、寝て起きてお世話されて。
それを延々と繰り返した結果、起き上がれる程度に回復してきたのである。
でも時間帯経過による、傷の消失はまだで体調も万全じゃない。
部屋は出してもらえないのでソファでボケーッとくつろいでいる。
――……はあ。
で、ソファにいるのはいいとして……ブラッドの膝の上にのせられている。
髪をなでられ、髪に、頬に、耳に、額に、優しくキスをされる。
私があまり反応を返さないでいると今度は顔を向けさせられ、唇を重ねられた。
顔をしかめるけど、間近のブラッドは微笑んで私を見ている。
恐ろしいことにブラッドは上機嫌らしい。
さっきからずっと、仕事もせずにこちらをかまい続けていらっしゃる。
「…………」
ちょっと居心地が悪い。一度は硬化したものが、またふにゃふにゃと緩んでくる。
傷口に響かない程度にもぞもぞと動き、膝から下りようとする。
――いだだだだ!
腰を抱きよせ……痛い痛い、そこ脇腹。痛いですって。とにかく膝上に戻された。
仕方なく、大人しくして撫でられるままになっている。
――眠い……ていうか眠いですねえ。
まだまだ身体は休息を要求している。
私は生理的欲求に勝てず、ブラッドの胸に頭を乗せ、目を閉じる。
優しく抱きしめてくれる熱を感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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