続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■捨てた話2

人通りの多い街角を私は歩いて行く。手には買った紅茶を大事に抱えている。
告白のついでに渡すプレゼントだ。私の店のは安物が多いので買ってきた。
「……まあいいですか」
足を棒にして歩き回り、やっと得た収穫はダージリンのオータムナル。
等級はティピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジペコー。
最高等級ではないけど、出回っているものとしては優良品だろう。
まあ、紅茶は品質よりはブレンドが命。要は淹れ方一つなのだ。
「さて、何と合わせますか」
頭の中に無数のブレンドデータが展開される。
勝負下着ならぬ勝負紅茶。気合いが入るというものだ。
そこではたと気づく。
「あ……手紙、忘れてきました!」
持って行こうとしてテーブルの上に置きっぱなしにしていたのだ。
何たること!すぐ帰らないと。私はそそくさと市場の出口に向かった。
そして自分の服を見下ろすと、普段着に黒エプロン。
勝負紅茶を淹れるなら、服も勝負下着……じゃない、勝負服と行きたい。
でも新しい服を買う余裕はないしなあと、ため息。
元々おこづかいなんてないような生活。紅茶で金をほとんど使ってしまった。
「まあ、それでフラれるならその程度の関係ということで……」
ギリリリと痛む胃は無視して、私は楽しそうな人の波を抜け、市場の出口へ。
でも一度立ち止まり考える。
「うーん、やっぱり何かちゃんとした服を買いますかね……あ、ごめんなさい」
立ち止まったため、後ろの人とぶつかりそうになってしまった。
謝って道をゆずり、しばし考え、サイフの中身と相談。
「とりあえず一度、家に戻って……」
と道を一歩進み、

背後で轟音がした。

「?」

振り返った瞬間、脇腹に熱。

――あ、爆弾。
何となく呑気にそう思った。高速で飛んだ建材がかすったらしい。
自覚したとき、すでに脇腹に嫌な色の染みが発生しつつあった。
それはボケッと見下ろす仲でみるみる広がっていく。

でも頭なんかにぶつかって、即アレにならなかっただけ運がいい。
爆風の熱と嫌な臭気。私が今しがた道を譲った人が倒れている。もう動かない。
本当なら、私がその場所にいるはずだった。
そして一瞬の沈黙の後、市場に絶叫と悲鳴が走った。もう大混乱だ。
道には他にも似たり寄ったりの人が倒れていた。でも誰も助けない。余裕がない。
さっきまで笑い合っていた人たちが、けが人を押しのけ、動かない人を踏み、必死な
形相で、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
――うーむ。
私もその波に乗るべきなのに。
倒れるほどではないけれど、脇腹を押さえ、壁にもたれている。
なぜだか足が上手く動かないので混乱のるつぼから逃げられないのだ。
いちおう、一生懸命に傷口を押さえるんだけど、嫌な染みが広がっていく。
――何か寒いですね。
冬ではないはずなのに寒くて仕方ない。日の当たるところに行きたいなと歩こうと
したけれど、動いた瞬間に床に倒れてしまいそうで怖くて動けない。
そして、一般市民が大体逃げ終えた頃、何だか怖そうな服の人たちが現れた。
――ああ、抗争だったんですか。
みんな手に手に銃を持っている。私の脇腹の染みは下の服に達しつつあった。
運が悪かったなあと思う。あとひたすらに寒い。
そして目の前で始まる銃撃戦。私はぼんやりとそれを眺めた。
足下から体温が消え、手の中から紅茶がすり抜けて地面に落ちる。
あー、拾わなきゃ。
手を伸ばした瞬間、その腕に火がついたような熱さを感じる。
そして腕から噴き出る、嫌な色。
――あ、流れ弾。
そう思った瞬間にはもう立つことも出来ず、倒れてしまう。
もう脇腹を手で押さえることが出来ない。腕と脇腹の染みが急速に広がっていく。
――これはダメそうですね。
やけに呑気にそう思った。まだ致命傷とは行かないけれど、今すぐに応急処置を
ほどこしてもらわないと助からないだろう。でもそんな物好きがいるわけもなく。
抗争の方は、私から見えている人たちの方が不利なようだ。
彼らは銃を乱射しつつも、じりじりと後退していく。
そしてそれに追い打ちをかけるように、対抗勢力が私の視界に……。
――あ。ブラッド。
声とも言えないような小さな声がもれる。
ブラッド、エリオット。それにディーとダム。あと使用人の皆さん。
ボスは相変わらずダルそうに帽子をかぶり直し、マシンガンを連射している。
胸が熱い。やっと会えた。
でも私は倒れたまま、ちょっと困った。
手紙は家に忘れてきたし、紅茶も、私のそばで私の嫌な色の液体に染められている。
こんなバイオレンスな紅茶なんて使えやしない。慰謝料に買い直してほしい。
かといってもう声が出る状態でもなし。
――血で書いたら怒られますかね。
何か非常に嫌な遺言だ。掃除する眠りネズミさんも大変だと思うし。
――なら別に何も言わなくていいですかね。
私がようやくあきらめの境地に達したとき。
警戒をあらわに周囲を見ていたエリオットが私を視界に入れ、凍りつく。
私を指差して何か叫んだ。でも何を言っているのか聞こえない。
エリオットの声を聞いたのか彼の視線を追い、こちらを見たブラッド。
彼の目も驚愕に見開かれる。
重いマシンガンを消し、こちらに走ってくるブラッド。
それを護衛しつつ、私に心配そうな視線を向けてくるディーとダム。
私は寒いままだけど、もう痛みはあまり感じず、音も聞こえない。
――やっぱり、ブラッドに告白なんて間違いでしたね。
止めた止めた。彼らのおかげで、どれだけの人が動かなくなったと思ってるんだ。
手紙を忘れて大正解。良かった良かった。
私を抱き起こしブラッドが耳元で必死に何か叫んでいる。
――ごめんなさい、聞こえないからもう少し大……
ブラッドの手をつかもうと無事な方の腕をあげ、そこで力尽き、腕がずるっと落ちる。
『ナノっ!!』
そう聞こえた気がしたのは、私の願望なんだろうか。
そして私の意識も、深い井戸の中を落っこちていった。

2/15
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -