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■子猫とチェシャ猫6

そして、ボリスの部屋にはにぎやかな声が響いていた。
「ナノ!お魚さんっていうのはこう下ろすんだよ」
「は、はあ……」
ボリスは得意満面に私に料理を教えてくれる。
私はまだ足の怪我が治らないため椅子に座らされ、一緒にお手伝い。
でも……自慢ではありませんが料理は苦手です。むしろ下手です。
ええと、包丁でお魚さんのウロコを落とし、尻尾を切り落として……。
「ナノ、手つきが危ないよ。ほら、俺がやってあげるから貸して」
「どうもです」
ボリスが私の横に立ち、包丁を持ってくれた。
普通なら私に苛々する場面なはずなのに、ボリスは嬉しそうだった。
ファーがふわりと顔に触れ、硝煙とお魚さんの匂いが混じる。
物騒なはずなのに、とても安心出来る匂いだった。

「美味しい……!」
二人(?)の料理の成果たるお魚料理を口にし、私は言った。
「でしょう?ナノが頑張ったもんね」
ボリスもニコニコと頬張る。
「ほとんどやって下さったのはボリスでしょう……」
私は最初の方で魚をちょんちょんとつついただけ。
「でもナノも頑張ってくれたじゃない。これからゆっくり上手くなればいいよ」
「そうですね」
私も笑顔で食べる。
と、鎖を引っ張られ、ボリスに引き寄せられた。
「ナノ、あーん」
ボリスが満面の笑みでフォークにさしたお魚さんを差し出してくれる。
「あーん」
もぐもぐっと。あまりの美味しさにニコニコしてしまう。
「本当に美味しいですね」
「ナノも俺とずっと一緒に頑張れば、これくらい料理出来るようになるよ」
「ええと、でも私は料理が下手ですから」
言葉の一部はスルーすることにして。
「それまで、つきっきりで教えてあげるからさ!」
私は苦笑しながら、あえて釘を刺す。
「でも、きっとその前に私の怪我が治っちゃいますから」

「…………」

「……ボリス?」
「ん?何でもない。ほら、早く食べてボードゲームをしようよ」
ボリスの笑顔はいつもと変わりなかった。
私は、傷つけてしまっただろうかと申し訳なくなった。
――でも、治ったら本当に帰らないといけないですし。

…………

その時間帯、包帯を変えようとした私は、包帯をほどいて歓喜の声を上げた。
「治った……ボリス、治りましたぁっ!」
私に背を向け、銃を点検しているボリスに言う。
治った。足の怪我が治った。
ちょっと前まで無残だった傷口は今はきれいになっている。
時間帯が経過し、足の傷がすっかり治ったのだ。
伸ばしてもひねっても、叩いても痛くないっ!
日常生活で多大な不便を強いられ、情事の際は痛みで白け、自由な二の足の大切さを
つくづく実感させられた。でもそんな苦労ともおさらば!
堂々とお店も営業再開出来るというものだ。
「これもボリスのおかげですね。ありがとう、ボリス!」
笑顔でそう言うとボリスは私を振り向いた。
「ナノ」
「本当にありがとうございます、お世話になりました。ボリス!」
深々と頭を下げると鎖が床に当たる。あ、そうだ。この首輪も返さないと。
首輪をカチャカチャいじって、とりあえずテーブルに置いた。
ボリスはそんな私を無言で見ていた。
「それじゃ、次の時間帯にでも私は帰……」
「ナノ、動かないで」
静かな声がした。

「動くと、足以外の場所に当たるかもしれないからね」
ボリスが私の足に銃を向けていた。

……引き止められるかとは思った。でもこんな方法を使うとは思わなかった。
「ボリス、冗談は……っ」
鼓膜が破れそうな音がして、足下に硝煙が上がった。
それだけでダメダメな私はすっかり縮み上がり、固まってしまう。
ボリスはニヤッと笑って、
「うん。それでいいよ。そのまま動かないで。
大丈夫。撃った後、すぐ手当してあげるからね」
「それ、違いますよ、手当するなら最初から……」
まだ耳がじんじんする。喉がカラカラで上手く言葉が出ない。
「違うの。怪我してたら、あんたはずっとここにいてくれるだろ?」
ボリスは銃口を私に向けながら言う。
金色の目に偽りの光はない。
「また遊びに来ますから、そういう冗談は止めてください。私にも生活が……」
「生活があって、お客さんがいて、あんたを連れて行く奴がいる」
「……執着して迷惑かけたりしないって言ってませんでした?」
「あんたが悪いんだよ。俺を夢中にさせるから。でも、あんたは俺で遊ぶけど俺を選んでくれない」
ええと……私はボリスを弄ぶ悪女なわけでは……。
「他の連中みたいに閉じ込めたくとも、俺には空間をつなぐ仕事がある。
ずっとそばにいたいけど、いつもいられるわけじゃない」
だから、と銃を構えなおす。
「あんたの足を撃つんだ。そうしたら、ずっといてくれるだろう?」
「その怪我が治ったら……どうするんですか?」
声が震えるのを隠せない。
「また撃つよ。治るたび撃つ。大丈夫だよ。あんたは何もしないで、お魚さん料理を
作って俺の帰りを待っててくれたらいいんだ」
お魚さん料理という、ほのぼのとした言葉と冷たい銃口の落差。
額から冷たい汗がどっと出る。
下手に刺激すれば撃たれるけど、動かなくとも、それはそれで撃たれる。

――どうしろと……。

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