続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■子猫とチェシャ猫3

夢は便利だと思う。
「そういうわけなんで、少しだけお店はお休みしますね」
ナイトメアはふわふわ浮きながら、うなずいてくれた。
「まあ、そんな事情なら仕方ないな。あいつに心配しないよう伝えておくよ。
チェシャ猫なら、帽子屋や騎士に囲われるよりは比較的、安全だろう。
それでも帰ってきた後は……ちょっと覚悟した方がいいかもしれないな」
「…………」
不思議の国の恋愛事情は恐ろしい。
つきあった覚えもなければ告白を受け入れた覚えのないどこぞの補佐官殿が、私の
人間関係をチェックし、不純な交友関係をつきとめようものなら以下自主規制。
しかし何か文句をつければ、脅しでは無く本気で店を潰されるので逆らえずにいる。
他は全ての点で尊敬出来る人なんですが。

そして私はナイトメアに別れを告げ、現実の空間に戻るため浮上する。
そのとき、私は夢の中で首を傾げた。
――何でしょう、この音。
何だか夢の世界全体に妙な音がする。
グルルルと、動物がうなるような、でもそれにしては穏やかな……。

――猫が喉を鳴らす音?

…………

「っ!!」
目の前にどピンクが広がっていてギョッとした。
――あ、そうだ。しばらくボリスの家に泊まるんでしたっけ。
「あ、ナノ、起きた?おはよー」
金色の瞳を細め、ボリスが笑う。嬉しそうに、私の首輪を撫でた。
どういうプレイだと異議を唱えたいけれど、ボリス自身もつけてるしなあ……。
「……お、おはようございます」
グルグルと喉を鳴らすチェシャ猫。本物の猫のように私に身体をこすりつけ、頬を舐めてくる。
――でっかい猫さん……。
誘惑に負けて、ちょんと耳をつつく。
「くすぐったいよ、ナノ」
ぶるっと震えて逃げる耳。これだけで何だか幸せ。
「ナノ、お返し!」
チェシャ猫にぎゅーっとされました。続いて胸に身体をこすりつけてくる。
……猫さんの習性なのだと思うことにする。
「夢みたいだよ。ナノが俺の部屋に住んでくれるなんてさ」
「いえ、短期療養です」
きっぱりと。するとがっくりとうなだれるボリス。
「ナノー。もう少し空気読んだこと言えないの?」
「ここで、あいまいな態度を取ると後々厄介なことになるんです」
「…………苦労してるんだね。ナノ」
何だか再び哀れみの目で見られました。

…………
「ご、ごちそうさまでした」
私は何だか複雑な顔で朝食を終える。ボリスはキラキラした目で、
「スシってナノの国の食べ物なんでしょ?
生のお魚さんを使うとかナノの国の人って、分かってるよね」
何がどう分かってるんでしょうか。
まあ確かに懐かしかったし嬉しかったけど、朝からお寿司を出され小市民として、
少々罪悪感があったり。
これでカリフォ●ニアロールとか、パチモンが入っていたら、まだツッコミどころが
あったのに、全て、回らないお店で出るような特上品でした。
あのマグロのとろけるような舌触りと言ったらもう……。
「ナノ、満足した?」
ボリスが私を大歓迎してくれているのは、嫌でも伝わってきた。私は微笑み、
「ええ、とても。私、お皿を洗ってきますね」
ソファから立ち上がろうとするとボリスが私の……鎖を引っ張った。
「わっ!」
足をケガしている身では踏ん張ることも出来ず、ボリスの身体の上に倒れかかる。
ボリスは私の体重を軽々と受け止め、
「そんなの、顔なしにやらせればいいんだよ」
「ダメですよ。自分で汚したものは自分で洗う主義なんですから」
するとボリスは、おなじみの可愛い銃を取り出し――皿を全て撃ち抜いた。
「え……」
さすがに私もポカンとする。ボリスは私にニヤリと笑い、
「はい、これで洗えないよ。それと、お皿の破片が散って危ないから、しばらくは
ソファから下りないでね」
そう言って私の鎖をまた引っ張る。どういう理屈ですか。
そして彼は耳元で低く、
「子猫は黙ってチェシャ猫様の言うことを聞くもんだよ」
「誰が子猫ですか」
歳だって、そう離れちゃいないのに。
そう思っていたら、首筋を舐められた。
「俺には子猫だよ。ドジで目が離せなくて……すごく可愛い」
「ん……ちょっとボリスっ」
私は慌てた。
朝っぱらから、それも特上寿司を食べた後に冗談ではない。
「ボリス……!私はあなたとそういう関係になった覚えはないですから!」
とりあえず抵抗する。でもボリスは私がふざけてるとしか思っていないらしい。
「あ……」
鎖骨のあたりを軽く噛まれ、ぞくっとする。
でも不毛な異性関係をこれ以上増やすわけにいかない。
ただでさえいっぱいいっぱいなんだから。
――て、最初から予測してキッパリ断るべきだったんですよねえ……。
「はあ……」
自分にため息。もう、命を助けてもらったお礼だと割り切るしかないですか。
するとボリスはそんな私に、
「大丈夫大丈夫。俺は他の役持ちと違う。あんたに執着して迷惑かけたりしないよ。
これだって今だけだよ」
ボリスは気楽に笑って、今度は私の唇にキスをした。

……ええと。それはそれで、もっと問題なのでは?

3/7
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -