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■子猫とチェシャ猫2

「い、いたた……」
「ほらナノ。おぶってあげるって言ったでしょ。無理に歩かない」
ボリスに言われ、しゅんとうつむく。
草がかすっただけでも痛い。骨に達してないとは言え、元の世界なら後遺症が残った
かも知れない。それくらい傷が深かった。
仕方なく、しゃがむボリスの背中に捕まると、立ち上がって軽やかに歩き始めた。
ファーがくすぐったい。
「それで、こんなひどいケガじゃ、お店の方は休むんだよね?」
「まさか!続けるに決まってるでしょう!」
「まさかじゃないよ!傷の治りが遅くなるし、お茶なんか淹れられないだろ?」
確かに。これだけ痛ければ立ち仕事は不可能だ。
何とか椅子を使って……いや、屋台といえど、ちょこまかと動き回るし屋台自体の
高さもある。もちろん新しい椅子を買う余裕なんてない。
「どうしよう……」
ポツリと弱音が出てしまった。
するとボリスが、待ってましたというくらいの勢いで、

「じゃあ、傷が治るまで俺がナノを飼ってあげる!!」

「どうしよう……お店……ああ、困りました……」
「……ナノ、無視しないでくれない?」
『飼ってあげる』でスルー以外のリアクションをしろと。
「面倒見てあげる、ならまだ反応したと思うんですが」
「俺が面倒見てあげる!!」
「…………」
何というかストレートに受け入れがたい。絶対に不純な動機も混じっている。
「大丈夫ですよ。命を助けていただきましたし、これ以上ご迷惑は……」
「だから、恩返しに俺に飼われてよ!」
「いえ、その、本当に悪いですから……」
「気にしないでよ!ケガした子猫を助けるのはチェシャ猫の義務だって!」
そんな親切なチェシャ猫、聞いたことありませんがな。ていうか誰が子猫。
なおも言葉をにごす私にボリスは、
「それにさ、そんな歩けない状態のとき、店に誰か来たらどうするの?」
「そ、それは……」
かなり痛いところをつかれた。
『余所者は好かれる』という妙な法則のため、平凡ナノさんも万年モテ期です。
……が、銃弾飛び交う世界の愛情表現はかなり歪んでおり、ときには生命の危険さえ
覚えるレベルだったりします。ボリスは私の顔色を素早く読んだのか、
「そういえば、ここに来る前、馬鹿ネズミが『ナノのお店に遊びに行こうかなー』
とか言ってたような気がするよー」
「うう……」
眠りネズミさんは悪い子ではない。むしろ心根は清らかとさえ言える子なんだけど。
「ええとボリス。少しの間、お世話になります……」
ついに私は折れた。ボリスは私をおんぶしているのに大歓声だ。
「やったぁっ!さあ、気が変わらないうちに俺の部屋に行こう!」
チェシャ猫は飛ぶように駆けたのでした。
――まあ、いいですか。
とボリスにおんぶされながら、私も納得した。
ボリスと私は一部をのぞき、ずっと普通の友達づきあいをしてきた。
彼は猫らしく執着せず、サラッと軽やかふんわりドライ。
そんなチェシャ猫さんとなら、危険な要素など無しに、楽しい生活を送れそうだ。

……と、そのときは呑気にそう思っていた。

…………
あまりにも自然に、嬉しそうに、得意そうに。そして平然とボリスは言った。
「はい、ナノの首輪と鎖。俺とおそろいだよ!」
いかがわしい(ごめんなさい)ピンクの首輪と金鎖。
「…………」
私は我に返ってリアクションを取る前に。
ボリスはガチャリと私の首に、それをはめたのでした。

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