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■子猫とチェシャ猫1

「はあ……痛いですねえ」
森の奥深く。夕暮れの空を眺め、私はぼやく。

さて、ここに不幸なお知らせと幸運なお知らせがございます。
『不幸なお知らせ1』。森で道に迷いました。
『不幸なお知らせ2』。クマ用のトラバサミに引っかかりました。
『幸運なお知らせ1』。罠が古く、挟み込みがかなり弱くなっていました。
……これ、普通は骨が粉砕されるそうな。(情報ソース:眠りネズミ)

私はナノ。日本からやってきた余所者の女の子です。
今は紅茶や珈琲を淹れる屋台を運営し、細々と一人暮らしです。
ただ、この不思議な国はなかなかに殺伐としており、小さな屋台一つでもマフィアの
営業妨害を普通に受けたりします。
そういうわけで、私は材料費タダ……コホン、新しい味を求め、森にハーブを摘みに
いったわけなんです。

……で、森の奥で罠に引っかかりました。
いつもはお約束で現れる騎士様も今回は姿が見えません。
薄暗い森の中で声をからして叫んでも、誰も現れる気配なし。
罠の痛みや傷もあり、徐々に『非常に嫌な言葉』が頭に増殖しだすわけです。
「はあ……あれ?」
『幸運なお知らせ2』。ガサッと近くの茂みで音がしました!

「おーい!ここですよー!」
私は必死に叫んだ。
騎士でもマフィアでもかまわない。とにかく今の状況よりマシです!

「…………」

『不幸なお知らせ3』。現れたのは見上げるようにでっけえ森の熊さんでした。

「わ、わああっーー!!」
とりあえず大きな声と大きな音!
馬鹿みたいに大ぶりのジェスチャーと叫び声をあげた。
しかしクマは意外に利口。私が丸腰で罠にかかっているのはしっかりお見通しらしく
こっふこっふと嫌な息を吐きながら近づいてくる。
「あうう……」
余所者、大自然に散るの段。
ろくな終わり方をしないだろうとは思ってたが、愛憎劇の果てに撃たれる、ではなく
熊さんにトドメをさされるとは。
「うう……最後の最後までかっこわるいですね、私……」
熊さんがさらに近づき、限界までに恐怖する。でもいくらいじっても罠は外れない。
さすがに潜在能力の覚醒はもうないですかね。
やがて熊さんの鋭い爪がハッキリ見える距離まで近づかれた。
私はさっさと観念して、両手を組んで、
「皆さん、いろいろありがとうございました。迷惑ばかりかけて、ごめんなさい。
それと約一名。次の夜の時間帯に化けて出るから覚えてやがれ」
私は目を閉じて、静かにお祈りする。
……ていうか足が痛いなあ。
そして熊さんの牙が私の――

銃声がした。

驚いて目を開けると、熊さんの巨体が倒れるところだった。
額には正確な銃創。

「え……」
私はポカンと口を開けた。
そして颯爽と私の前に降り立ったピンクの風。
「へへ。俺だって、いいタイミングで通りかかることもあるんだよ?」
「ボリスっ!!」
『幸運なお知らせ3』!

…………
「い、痛……!あ、ごめんなさい。大丈夫ですから解除を続けて下さい」
「うん。もうすぐだからね……ほら、取れたよ、ナノ!」
「良かったです……ありがとう、ボリス」
器用なチェシャ猫によって、めでたく罠から解放された私でした。
でもボリスは眉をひそめて、
「うわあ、傷口がひどいね。罠の金属も古くなってるし、ちゃんと消毒しないと」
うう。直視しないようにしていたのに。
それにしても本当に痛かった。双子にトラバサミだけは使うなって教えておこう。
「……て、ボリス!?」
ぎょっとして見下ろすと、ボリスが私の足をそっと両手で持ち上げ、その……傷口を
舐めてます……はい……。
「ボリス!いいです!すぐ洗いますから、止めてっ!」
必死に手を振るけれど、
「気にしないでよ。宰相さんじゃないけどナノが雑菌に感染したら大変だろ」
「いえ……その……」
好意100%の本人を前に言えやしない。
……猫舌が結構痛いんです。はい。

そして包帯をビシッと巻き終えたボリスは満足そうだった。
「よし、とりあえず応急処置はこれでいいか」
ボリスの手を借りて立ち上がった私は深々と頭を下げ、
「ボリス、本当にありがとうございました。これはせめてものお礼ですが……」
と、あるものを差し出す。
「ん?何コレ。回数券?『銃とそよかぜ』って、ナノの店の名前だよね」
「当店の割引券です。100時間帯の間、お店の飲料が二割引きでお飲みいただけ、
10枚全てにご来店ハンコが押されますと、紅茶一杯無料券とお引き換えします」
「ナノ…………本当に生活に困ってるんだね」
何かすごい哀れみの目で見られました。

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