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■改装話の後日談10

「――っ!!と、時計屋も来るのか!?」
私はくすくす笑う。
「あなたが連絡してくれてから。電話で呼びました。面白そうだと思って」
『順番表』は今もあるが、元はといえば私の負担を軽減するためのものだったし、
ナイトメアのように全員がちゃんと来るわけではない。
よって私の方から、誰かを呼ぶのは自由なのだ。
「だ、だがあいつは仕事の虫で、今は時計がたまっていたはずで……」
「私が呼べばいつも来てくれますよ、ユリウスは」
「そ、そうなのか?」
「ふふ。女性に慣れてない方同士、ちょうどいいでしょう?初体験と初三人。
私からのお祝いですよ。さ、ユリウスの前で恥をかきたくなかったら頑張って」
呆然としているナイトメアの顔を少し上げさせ、キスをする。夢魔は、
「……君は女夢魔だ。不思議の国一の悪女だ……もう怖いものはないだろうな」
「まさか」
それについては否定する。多少の情事とこの世界のルールに慣れただけ。
自分の容姿が平凡だという思いに代わりはないし、根っこもヘタレのままだ。
「私だって怖いものはありますよ。皆さんに飽きられ捨てられたらって思うと」
つまらない小娘だ。つきあうほどに貧弱な内面が見えるはず。
寵愛なんて永遠に続かないだろう。
でも捨てられた後の生活どうこうより、一人ぼっちになるのが怖い。
そうなったら、潔く銃で有終の美(?)を飾ろうかと思っている。
すると夢魔はキッパリと首をふる。
「そんな恐ろしい結末を考える必要はない。
余所者は好かれるんだ。我々は君を手に入れ、君は我々を手に入れた。
もう離さないし離れられない。夢魔の私が保証する」
「そう。それは嬉しいですね」
ふわりと微笑む。行為の前の慰めでも嬉しい。

私はナイトメアのベルトを緩め、彼を誘う。彼は不機嫌そうに、
「慰めではないさ。こんな世界だから役持ちの入れ替えは起こるかもしれないが、
例え顔ぶれが交代しようとも、新しく来た彼らも、余所者の君を好きになるんだ」
予言者のように厳かに言いながらも、大事な箇所を取り出す手つきはまるで少年。
でも私ではなく、ナイトメアやユリウスやブラッドが先にいなくなる可能性があると
いうんだろうか。そんな恐ろしいこと、考えたくもないのに。
「ああ、そうとも。君のために銃撃戦は押さえている。だが、それでもいつかは交代
するだろう。けど次の役持ちたちも君を愛し、大事にする。それだけは保証するよ」
そう言って、ナイトメアは私の中に入ってきた。
歓喜の声を上げ、私はぎこちない夢魔を受け入れる。


退屈な世界で、役持ちに奉仕し、彼らの退屈を癒やす。
それがこの世界で余所者の私が手に入れた役割だ。
そう聞くと、余所者の子がすごく不幸に思えるかもしれない。
でも、実際はどちらに主導権があるのか分からない状態だ。
みんな私の機嫌を取るのに必死だから。
もう安い緑茶は飲まないし、紅茶や珈琲の淹れ方も忘れてしまった。
欲しい物は言う前から与えられる。食事は王侯貴族並み。まあ食は細いままだけど。
そしてやってくる役持ちに奉仕する。以前は嫌々、今は喜んで。
引っ越しが起こり、季節が巡ってもそれは変わらない。

この幸せがずっと続く。嫌でも続いてしまう。
私一人の幸せが。例え役持ちが変わっても。『飼い主』が変わっても。
私一人だけが幸せの中に留められる。それは幸せという名の呪いだ。
でもそれが、この世界に囚われる代償なのかもしれない。
「はあ……はあ……」
「あ、あ、ああ……あん……や……」
ナイトメアが不器用に腰を動かす間に考える。
――ナイトメアじゃない別の夢魔なんて愛せるんですかね……。
考えられない。彼らがいなくなるときは私もいなくなるときだ。
それは、いつなのかは分からないけど。少なくとも今ではない遠い先だ。
――なら今を楽しまないと。
そして『今』に意識を戻す。
心を読むのも忘れ、快楽に専念するナイトメアを抱きしめた。
そのとき、呼び鈴が鳴った。

私を責めていたナイトメアは我に返ったのか、焦ったように顔を上げ、
「お、おい、ナノ。時計屋の奴、早すぎないか!?」
堂々とここに来ているのに間男のような反応をするんだから。
「ふふ、ユリウスは私の言いなりですから。
私が走ってきてくださいと言えば、本当に走って来てくれるんです」
「そ、そこまでか……!?」
ナイトメアは呆気に取られたように私を見る。
「ええ」
私は笑う。
女に疎い引きこもりの時計屋。夢中にさせるのにさして手管はいらなかった。
「初体験が三人になりそうですね。楽しみですよ、ナイトメア」
「楽しくなーい!私は今このときくらい君を独占したいんだ!」
「なら早くしてください。ああ、ユリウスに見られながらもいいですね」
「ナノ……本当にスレたな……君」
半分泣き顔で、必死に腰を動かすナイトメアが可愛くて愛おしい。
でも重要なのは、ナイトメアという『常連』が一人増えたことだ。
いくら余所者とはいえ、全員が都合良く私を熱愛するわけではない。
ビバルディは女だからあまり来ないのは仕方ないとして、キングさんは未だに来て
くれないし、ゴーランドさんも足が重い。
ジョーカーたちは、役柄的にエイプリルシーズン限定。
だからナイトメアの参加は嬉しい。これから、どうやって彼を慣らしていこう。
――最初は機嫌を取りながら自信をつけさせてあげて、いろんな体位を教えて……。
「ナノ。君が望むだけ来てあげるから、黒い計画は私が帰ってから展開してくれないか?」
泣きそうなナイトメアの声。
「あら?なら、どうして元気になっているんです?」
内におさまる×××は勢いを増している。ナイトメアは顔をますます赤くし、
「悪女め……夢魔の心を弄ぶ魔性の女め……!」
一番私と縁遠い言葉に吹き出す。
そして待ちに待ったユリウスの足音が聞こえた。
「ナノ……ナノ……くっ……」
ナイトメアはギリギリ間に合い、どうにか私の中で達した。
「ふふ。すごく良かったですよ、ナイトメア」
微笑んで、ごほうびにキスをしてあげる。
「嘘をつけ。くそ、次は……!」
けれど離れる前に扉が開く。
私はナイトメアとつながったまま、ユリウスを笑顔で迎える。
「と、時計屋……!」
「いらっしゃい、ユリウス」
「ナノ……」
ユリウスは息が荒い。でも私の半裸姿を目にすると、まなざしに欲望が混じる。
それがとても熱く愛おしい。昔ほど幻想を抱かなくなっても、大好きな人だ。
「やあナノ、夢魔さんとやってたんだ。そそる下着だね」
「あら、エースも一緒に来てくれたんですか?」
ユリウスの後ろで、全く息を乱さず能天気に笑う、おなじみの騎士。
四人か。楽しいことになりそうだ。ナイトメアには悪いけど含み笑いをする。
そうだ、今度はユリウスとエリオットを一緒に呼び出してみようか。
どんな反応をするのか、どんな激しいプレイになるか、考えただけで熱くなる。
「やっぱり悪女だよ、君は」
初体験を終え、疲れたような顔で夢魔はそう言う。

私はただ笑った。
童話のように、永遠に続く幸せの中で。


〜Fin.

10/10
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