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■改装話の後日談9


窓の外には新緑の丘が見える。不思議の国はいつでも快晴だ。
「そろそろ来る頃ですかねえ……」
私は足を組み、キセルの煙をはき出して風に髪をなびかせる。

あれからどれくらい経ったのか、考えるのも馬鹿らしい。
引っ越しが何度も起こり、何度か季節が巡った。それくらい。

もう私は、あの閉鎖的な店に住んではいない。
今はもっと広く開放的なところに住んでいる。
元の世界のモラルを捨て去り、役持ちたちに完全に従順になってから。私はもはや
逃げる心配はないと判断された。
そして役持ちが金を出し合い、私専用の大邸宅を建ててしまったのだ。
あまりにも広いから、私が自由に散策できる丘や林や湖も入るくらいだった。
今もこうして窓の外から、自然の風景を楽しめる。
閉じ込められながら、外に出るという夢は勝手に叶ってしまった。
とはいっても、私はあまり外に出ない。出るのは野外プレイを楽しむときくらいだ。
私は与えられたものに満足している。自分からはあまり求めない。
いや、求める物はただ一つ。

…………
最上級のベッドでキセルを吸いながらまどろんでいると、『彼』があらわれた。
私はキセルの火を消して灰皿に置くと、下着姿で来客に微笑む。
「ナイトメア。来てくれたんですね」
ずいぶん長くかかった。
夢の中でしつこく誘った甲斐があったというものだ。
現実の世界で久々に会うナイトメアは複雑そうだ。キセルと下着姿の私を見比べ、
「ナノ。話には聞いていたが……何だか、ちょっと、いやかなりスレたな」
彼の中で私は、まだ情事に怯える少女のままなのかも知れない。
「そうですか?このTバック、可愛いと思いません?」
「え?いや、下着の種類の話では……んっ!」
後ろが見えるようにわざと転がると、ナイトメアが唾液を飲み込む音が聞こえた。
こういった事に慣れた常連と違う、ウブな反応がとても可愛らしい。
「こっちにいらっしゃい、ナイトメア」
両手を広げて誘うと、夢魔が夢魔に誘われるように私の手の中に落ちる。

「ん……」
抱きしめて、たっぷりと舌を絡めてあげる。
それだけで少年のように、ナイトメアの×××が反応するのを感じた。
そしてキスに赤いものの味や匂いはもうしない。私を抱きしめる強さからして、行為
に耐えられるくらいには丈夫になってくれたんだろう。楽ではなかったはずなのに。
私の心を読んだナイトメアが応えてくれる。
「……グレイから君がいかに素晴らしかったかという話を毎回聞かされればな。
こっちが自慢したって夢でしょうと一蹴されるから、頑張って健康になったんだ」
「ふふっ。嬉しいですよ。たまには相手を変えて楽しまないと」
「ひどいことを言うな、君は。まあそれは前々から……」
ナイトメアは恥じたように顔を紅潮させる。
「いや、ひどいことをしているのは我々か。君にこんなひどい仕打ちを……」
そう言って私にキスをした。
でも私は真剣にナイトメアの言葉の意味が分からない。
「どうしてです?こんな大きな家を建てていただいて、働かなくても良くて、いつも
美味しいものが食べられて、欲しい物は何でも買ってもらえて……今さらですよ」
まともとは言いがたいけれど、見返りは十分に与えられている。
ナイトメアはまじまじとそんな私を見る。どうやら心を読んだらしい。
「本心のようだな。君は変わったよ。肝が据わった」
どこか安堵したように言う。
でも私は退屈な話が嫌で、ナイトメアのネクタイをほどきながら彼を急かす。
「ほら、好きに触っていいんですよ。夢の中みたいにもっと……」
下着を少しずらして『見せて』あげると彼は真っ赤になって飛び退る。
でも目をそらせずにじっと凝視する。ああ、その視線だけで何だか興奮してきた。
「ナノ……本当に、変わったんだな」
恐る恐る手をのばしながらナイトメアは言う。
ナイトメアの手をつかんで、その場所に導きながら微笑む。
「ダメ……そんなにじれったい動きじゃ。もっと強く……!」
「……ま、待ってくれ。直に触れるのは……その……初めてで……」
妄想にも似た夢での逢瀬と、生身の女の落差がなかなか埋められないようだ。
それでも欲望に後押しされ、夢魔の動きは少しずつ強く大胆になっていく。
私はナイトメアに微笑み、悪戯を口にする。
「頑張って、ユリウスが来る前に初体験を済ませてくださいね」
ナイトメアがバッと顔を上げる。
「――っ!!と、時計屋も来るのか!?」
私はくすくす笑う。

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