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■改装話の後日談4

ぼんやりとテーブルを見ている。
そこには食事が並んでいる。
許可を得て入ってきた顔なしさんたちが作ってくれたものだ。
彼ら彼女らは命じられているのか、ベッドでぐったりしている半裸の私と一言も口を
きかず、短時間で美味しそうな食事を作ってくれた。
そして、礼儀正しく私に頭を下げ、来たときと同じく無言で出て行った。
それから私はシャワーを浴び、テーブルの椅子に座り、食事を見つめている。

いつからだろう。ずっと物を口にしていない。
美味しそうだとは思うのだ。
バター入りエスカルゴ、アスパラガスのスープ、鶏肉のクリーム煮、デザートには
洋なしのコンポート。私がまだ食べると思ったのか、香ばしい匂いが立ち上る熱々の
焼きソーセージとバターポテトの盛り合わせまでつけてくれた。
で、どう見ても西洋料理なのに、ドリンクはなぜか湯呑みの玉露。
美味しそうだ。とても。
「…………」
それからずっとテーブルを見つめている。

「…………」
デザートをスプーン半分ほどすくい、舌の上にのせる。
しばらく口の中で転がし、やっと飲み込む。
それきり次をすくう気になれず、スプーンを置いた。
途方に暮れ、とりあえず私は湯呑みを持ち、冷めた玉露をすする。
やっぱり味が無い。何でこんなものが置かれているんだろう。
そのうちに座っているのも辛くなり、ベッドに戻ると横になった。
目を閉じながら思う。

――引っ越しさえ起これば……あの人が戻ってきてくれたら……。

それはあまりにも遠い希望に思えた。

…………

眠ることも出来ず、天井を虚ろに眺めていると、扉が開いた。
次の『飼い主』は誰だろうと思いながら、振り向く気にもなれず天井を見ている。
「ナノ……!」
だからその声に驚いた。
それは店が改装されてから初めて聞く声だった。
真っ赤な服と白いウサギ耳。
ペーター=ホワイトがそこに立っていた。

「ペーター……」
「ナノっ!」
まるで生き別れになった恋人に再会したかのように、ペーターは駆け寄ると私を強く
抱きしめた。そして何度も何度も私に謝った。
「ナノ……本当にすみません。あなたをこんな目にあわせるために、この世界に
連れてきたつもりじゃなかったのに……」
「ペーター……」
ペーターは本当に泣いているようだった。
「何で……今頃いらしたんですか?」
そういえば『順番表』にはペーターの名がなかったっけ。
「すみません、すみません。ナノ……。
僕だけは奴らの企みに反対したんです。あなたを助けるか逃がそうと思いました。
でも、僕一人では分が悪く、何重にも策を練り、やっとここまで……」
そういえば食事の片づけに来る顔なしさんがまだ姿を見せない。
そしてペーターからは嫌な臭い。でも追及は避け、ペーターを見上げた。
「ナノ。逃げましょう。不本意ではありますが、時計屋のところにあなたを
送ります。手を回し抗争を仕掛けたから、あと数時間帯は邪魔されません。さあ!」
手を差し出される。
「…………」
けれど私はそれをボケッと見、まばたきしただけだった。
「ナノ!」
「だって、逃げようとしたらひどい目に合わされるんですよ」
役持ちの怒りは恐ろしい。
この間の恥辱は今も忘れられない。次はもっとひどいことをされるかもしれない。
そんな辱めを受けるくらいなら、ここで耐えていた方がいい。
「ナノ。本当に大丈夫です。僕が守りますから!」
「それはありがとうございます。そういえばペーターはお昼はまだですか?」
食べられないけど空腹なので、頭がとてもぼんやりする。
目先のことしか考えられず、ペーターが食事を片づけてくれないかな、と思う。
「……ナノ……?」
ペーターの瞳に初めて困惑の色が混じった。
私は立ち上がろうとし、体力が無くて床にへたれる。
「ナノっ!」
ペーターが駆け寄って助け起こしてくれる。私は白ウサギの赤い瞳を見上げ、
「大丈夫ですよペーター。私のことは」
「ナノ。もう一度言うから落ち着いて聞いてください。僕が時計屋の元に送ります!」
「でも外に出るとお仕置きされるんですよ?」
役持ちの怒りは恐ろしい。
「抗争を起こしました!他の役持ちたちは数時間帯はここに来られません」
ペーターは辛抱強く私に言った。
「でも数時間帯経ってから気づかれたら、ひどいことをされますよ」
「ですから!それまでに別の国にある時計屋のところに送りますから!」
ペーターは一息に言い、何か恐いものを見る目で私を見た。
私は応えた。
「でも外に出るとお仕置きされるんですよ?」
役持ちの怒りは恐ろしいのだ。

…………
あれほど出たいと思っていた外。
でもいざ出ると、景色を観賞する暇も無い。
肩に担がれ、全力で疾走されているから。
「あのペーター、どこに行くんですか?お昼ご飯はまだ食べてませんよ?」
「…………」
ペーターはずっと無言だ。歩く元気もない私を抱え、ずっと走っている。
今さらながらに、やっぱりお昼を食べれば良かったと思った。
あの肉汁したたりそうなソーセージ。きっと買ったら高いに違いない。
「ねえペーター。戻って一緒にお昼にしませんか?」
不在だとバレたらどんなお仕置きを受けるだろう。それが怖くて仕方ない。
「…………」
私を無視する人じゃなかったのにな、と流れる景色を見ながら思う。
森の向こう、街の方角からは爆音がし、煙が見えた。
あれが抗争なんだっけ、とぼんやり思う。
そしてペーターが荒い息をつきながら私を下ろした。
「ナノ。着きました。ここから時計塔に行って下さい」
「…………」
久しぶりに外の地面を踏み、私は周囲の景色をまじまじと見た。

そこはドアの森だった。

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