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■お花畑に行った話7

「いただきます」
私はテーブルの上のお茶碗一つに両手を合わせる。
忙しい一日を終え、これからお夕飯だ。
メニューは豪華に茶碗半分のご飯+梅干しであります。
「あうう……」
何となくわびしくて涙が出て来た。
冷たい風が吹き、私は追い打ちに身を震わせる。

風が冷たい。だって扉がないんだもの。新しい扉を買うお金がないんだもの。
補佐官殿が新しい扉の購入をしてくださらないんだもの。
『借金が』『予算が』と何かと渋っておられるのは、扉がない方が『何かと』都合が
いいからではないかと疑ってしまう。
『扉が出来るまでの仮住まいに塔の客室を』とかさりげなく言ってましたし。
そんな他力本願、邪推まみれの穢れた私でありました。

「ナノ!久しぶりだなあ!」
そして扉のない出入り口から、ひょいっとあらわれたるハートの騎士様。
「エース。何のご用ですか?」
敷居をあっさりまたぐ騎士様に冷たく言うと、エースはいつもの空々しい笑いで、
「冷たいなあ。君を冒険の旅に誘いに来たんだぜ?さ、今すぐ俺と出発だ」
「ご冗談」
私はエースを見ずに食前の茶をすする。
この間は引きずり回され、外で行為に及ばれた。挙げ句に恐ろしい具合になった
上着を着るに着られず、結局エースのコートを借りることになった。
ここぞとばかりに私を『変質者』とからかう男。
私は殺意を抑えながら山を下ったものだ。
夜道を選び人目を避け、何とか店にたどりついたときに、無期限出入り禁止を重く
宣言したはずだったけど。やっぱり忘れていたか。多分故意に。
「冗談じゃないって。俺と旅に出れば美味しい物も食べられるぜ?」
「ごらんになって分かりませんか?私はこれからお夕飯なんですが」
そう言うと騎士は頭をかく。
「うーん。俺に分かるのは、君が茶碗半分の米と、梅の漬け物一粒を、一食分だと
言い張っていることだけだね。確かに君は俺よりずっと小柄だけどさ、それでも、
もう少しくらい、食べ物が必要だと思うんだけど」
要約すると『それが夕食?(苦笑)』。相変わらず爽やかに嫌味を言う男だ。
「ケンカを売る相手をお探しでしたら、歓楽街にでも行かれたらよろしいですよ。
私は疲れてるんです。もう寝ますから、お引き取りいただけませんか?」
「ええ、そりゃないぜ。君の店を探して100時間帯も迷ったんだぜ?
可哀相な君の騎士をいたわってくれよ」
私は食事をあきらめ、相手をする気になれず立ち上がる。
「あなたは騎士なんでしょう。余所者の小娘なんかからかってないで、お城に戻られたらどうですか?」
「君の騎士でもあるんだ!一人ぼっちの可哀相な女の子は放っておけないぜ!」
歯がキラリと光りそうな笑顔。
この世界に来て三時間帯くらいのときなら、だまされたかもしれないけれど、今はただ寒々しい。
「放っておいて下さって結構です。それと騎士だとおっしゃるなら、夜の時間帯に
女性の住居に侵入する真似は以後、謹んでいただけますか?」
「冷たいなあ、ナノ。冷たい冷たい、そんなに冷たくされると、俺さ……」
あー、声が低くなってきた。
何か機嫌を取らないと。私は無念の思いで茶碗を差し出し、
「私のお夕飯をあげるから、帰ってください」
「…………」
なんか『ぷしゅー』っと擬音がつきそうなほどにエースの黒い空気がしぼんでいく。
そして可哀相なものを見る目で私と、茶碗半分のご飯(+梅干し)を見比べ、
「じゃ、この騎士さまが君と君の胃袋を暖めてあげるよ」
「え……ちょっと!」
言うなり私は騎士さまにかつがれる。
「エース!高級レストランは身の丈に合わないですから!」
必死に訴える。うん、ああいう『金持ちにしか分からない』味は正直受けつけない。
「あはは。俺も反省したよ。だから、俺のテントで一緒にシチューにしようぜ。
大きく切った肉がゴロゴロ入ってるやつ」
「…………」
ぐらついてません、ぐらついてませんよ!?
でも一瞬だけ私の力が抜けたことは確かで、エースはさっさと大股でプレハブ小屋の
出口に向かう。私はじたばたと抵抗するけど、形だけになりつつある。
夜風の冷たい外に出るときエースが独り言のように、
「そうか。こんな風に餌づけしていけば、俺にもチャンスはあるよな」
待て。ちょっと待て。
でも、またも助けが来そうにないので、私はあきらめてくたりとエースの背中に
もたれかかる。てか、シチューを作るだけなら私の家でも良かったのでは……。

「エース。またこの間のお花畑に連れて行ってもらっていいですか?」
何となく言ってみる。レストランやホテルは合わないけど、花クジラさんとの戯れや
山頂の風景は嫌いじゃない。
「あはははは!君のためなら喜んで!」
「……お尻、撫でないでいただけます?」
調子に乗って痴漢行為に及ぶエースの頭をはたきながら、私は何度目か分からない
ため息をついた。

風はまだ吹いてるけど、なぜかそれほど冷たくなくなっていた。

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