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■お花畑に行った話5

「ええとですね。エース。私を喜ばせたいなら、私に変な手出しをするのを止めて、
二度と私の前に顔を現さないでいただくだけで十分です」
「あはは」
「……冗談ですからご自分の剣をチラチラ見ないでくださいよ」
私はしばし考え空をあおぐ。
「なら、ふしだらな関係を清算し、これからは清く正しい男女の友情を……」
「あははは」
「……半分冗談ですから、剣の柄に手をかけないでください」
私はさらに頭をひねる。
「なら本物の変質者みたいに、森で姿を見かけるたび追い回したり、妙な行為に
及ぼうとしたりするのを止めていただけますか?」
「あはははは」
「今のはかなり本気だったんですが」
かなり譲歩したのに。何だってこんな犯罪者が軍事責任者なんでしょうか。
「ならもう何もせず、お店に返してくれません?それでしばらく姿を見せないで」
「…………」
あ。落ち込まれた?でも目線が剣にちょっと注がれてるのが怖い。
私はもう観念する。

「なら、もうあなた流でいいですよ。きれいなお花畑にでも案内してもらえます?」

…………
××騎士におんぶされながら、目を閉じている。
「エース、まだ目を開けちゃダメなんですか?」
「ダメダメ、もう少しだけ」
「と言いつつ、何時間帯か変わったでしょう?道に迷ったなら、もういいですから」
「ダメダメ。目を開けたら怒るぜ?」
……どういう機嫌の取り方。
てっきり、そこらへんにある花畑でも案内されると思っていた。
喜ぶ演技まで脳内リハーサルをしていたのに、なぜかエースは私をおんぶ。
それからずーっと道を進んでいる。
――また崖から落ちたら嫌ですねえ……。
ため息をつきながら騎士様の背中にしがみついていると、
「よし、ついた。目を開けていいぜ」
エースに言われ、私はパチッと目を開けた。

「へ?」
そこは山の山頂付近。見渡す限りのお花畑だった。

「え……何で山のてっぺんに、こんなお花畑が?」
思わぬ場所に広がる、色とりどりの楽園に驚いていると、
「だって『お花畑』に来たかったんだろ?」
エースは私を背中から下ろしながら言う。
「でもお花畑って、こんな山の上に……」
「『お花畑』っていうのは高山植物の群生地を指す山岳用語なんだ。
標高の高い場所は環境が厳しくて普通の木は生息出来ない。
代わりにこんな草花が群生するんだ。それを『お花畑』っていうんだぜ」
「はあ……」
さすがアウトドア騎士。しかし何とまあ可愛い専門用語もあったものだ。
あと不思議の国に来て短くないつもりだったけど、山に登ったのは初めてだ。
何だか元の世界を思い出す。何となく頬も緩んできた。

とりあえず、私は山頂の花畑を散歩することにした。
いろんな花が珍しくて、あれこれ手に取ってみる。
そのたびエースは一つ一つ親切に説明してくれた。
「これがコマクサ、こっちがシャクナゲ、コケモモも可愛いだろ?」
「本当ですね……わっ!」
ふいにピンク色のものが飛び出して、驚く。
けれど、それはどこかで見たような……
「は、花クジラ!?」
ピンク色のほわんとした小さなクジラさんが、よく見るとあちこちにいる。
そういえば、ここは確かに『お花畑』だ。
――良かった。『彼』の楽園は実在したんですね……。
何とはなしにホッとしとく。
よってきた花クジラさんを恐る恐る手に持つと、逃げたり噛んだりしないで、される
がままになっていた。
「ほら、この花が好きなんだぜ」
エースが花クジラさんの口元に何かの花を差し出すと、花クジラさんはちょっと体を
伸ばして、花を口でつかみ、目を細めて食べ出した。
「可愛い……」
私まで和んでしまい、笑顔になる。
そのうちに花クジラさんは私の手の中からほわほわと飛んで、どこかの花を食べに行ってしまった。
「…………」
もう和んで和んで、たまらずお花畑に横になると、何匹(何頭?)かの花クジラさん
が好奇心からかやってきて、頬や髪をつついてくれる。
一匹を抱きしめて頬ずりしながらゴロゴロ。
幸せすぎる……。
「ナノ、やっと笑顔になってくれたな。ここ、気に入った?」
「ええ、とても!」
私は人懐こい花クジラさんを何匹も抱っこし、エースに微笑んだ。
するとエースも一緒に横になる。
二人で並んで見上げる空は、この世界に来てから初めてみるような快晴だった。

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