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■お花畑に行った話4

「エース……!」
肩に腕を回され、引き寄せられる。そして別の腕でさらに身体を抱き寄せられ、
「ん……っ」
無理やりにキスをされた。いくら人通りの少ない時間帯とはいえ……。
「もう気は済んだでしょう?解放してもらえませんか?」
やっと唇を離され、エースと目を合わせずに冷たく言うと、
「ナノ、怒ってる?」
私は笑顔を完全に停止し、大声で、
「怒ってるに決まってるでしょう!」
昨晩、私の叫びを無視したご近所への迷惑など、知ったことではない。
「うーん、上手く行かないなあ」
エースは利いた風でもなく宙を見ている。
「たまには格好良くキメようと思ったんだけどなあ」
「…………は?」
「ん?こっちの話。あはは」
話す気はないらしい。
けど、考えてみると……いかにもVIP専用っぽい高級レストランやホテル。
予約無しに入れるものなんだろうか。ウエイターさんの案内も素早かったし。
まあエースなら役持ちだからありえるけど、予約無しに入ろうとするならトラブルの
一つ二つあってもおかしくなかったはず。
――まさか……。
あのエースが?私のために?
わざわざ高級レストランを予約して、ホテルまで……。

「…………」
私はしばらく空を見上げ、
「はあ、それじゃあまた」
風を切ってすたすたと歩き出す。
だからどうした。ありがたがれとでも。
食事代と宿泊代はそのうちお返しします。以上。
「ナノ、俺たちって気が合うと思うだけどな。二人して『あいつ』が好きだし、
自分の役がしっくりこない者同士だし」
エースが、平然と私の横に並び何かほざいておられます。
というか共通の知人への好感度の高さが、なぜ相性の良さに飛躍しますか。
「お仕事があるんです。あなたも騎士のおつとめを果たしたらどうなんです?」
「俺がいなくたって城は同僚が何とかするさ。君も、店が潰れたってアテなんか
いくらでもあるだろう?もちろん一番のオススメはお城だけどね」
「ちょっと、何するんですか!」
いきなり軽々と担ぎ上げられ、店とは反対の方向へ。
「エース!お店があるんです!!」
「はは。自分で言ってるうちに本当に城に連れていきたくなっちゃった。
今からお城に行って俺の部屋で暮らそうぜ。陛下も同僚も大歓迎だ」
「いえ、あなたの方向感覚でお城とか……誰かあ!!」
三度目の叫びにも、やはり冷酷なご近所は窓を開けてくださいませんでした。

…………
ぼんやりと重なり合う木々の葉っぱを見ながら思う。
――きれいですねえ……。
葉っぱの間のほんのわずかな隙間を通った光が森に差し込む。
幻想の世界に迷い込んだようなきれいで暖かい色。
空の雲もそうだけど、大自然が何気なく作るふとした形は美しい。
それは不思議の国にあっても同じだなと思う。
エースに手首をつかまれ、森の奥へ奥へと続く道を引きずられながら思う。
「ナノ。上の空だね。そんなに俺といるのが嬉しい?あはは」
「いえ、今生の名残に美しい風景を目にとどめておこうと思いまして。
だって行き着く先は崖だもの。次は無事とは限らないもの。
「ナノーいくら俺でも傷つくぜ?」
「私を傷つける人に傷つくと言われましても」
いつものように軽口で返したつもりだった。
けれど、エースがピタッと止まった。

そのまま、クルリと私の方を向いた。
「?」
私はよく分からずにエースを見る。
いつもなら、こちらの反応など気にせず、むしろ笑いながら進む人なのに。
エースはあの緋色の瞳でじっと私を見下ろしている。

「俺は君に喜んでほしかったんだけど、そんなに嫌だった?
レストランでも楽しそうじゃなかったし、ホテルも怒って帰っちゃったし」

「…………」
実は嫌がらせではないかとも思っていた。普段着のまま場違いなレストランにつれて
行ったり、ホテルでは人が寝ている最中に×××しやがるし。

でも、かなり、かなり常人と感覚は違うけど、もしかしてエースなりに私を喜ばせ
ようとしていたのだとしたら……?

「エース……何だって、あんな高そうなところを予約したんです?」
「だって、いつも野外だとかキャンプ料理だとか不満を言うからさ」
「……エース……」
表情はいつもと変わりないはずなのに。
何かエースが耳をしゅんと垂らした大型犬に見えた。
「――はっ!」
あわてて目をこする。いえいえいえ!そんな可愛いものじゃないですし。
よしんば犬だとて、飼い主は別に存在しますし!
「よ、よしよし……」
でも何となく可哀相で頭を撫でてみる。
「何だよ、ナノ。俺に冷たいと思ったら優しくなったり」
憮然としながらもどこか嬉しそうなエース。
――何を考えてるか分からない××騎士だと思ってましたけど。
結構可愛いところもあるのかも……。

私はため息をついた。

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