続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■お花畑に行った話3

窓からの夜景はきれいなのに、今はそれを鑑賞する余裕もない。
「つ、疲れました……」
私がキングサイズのベッドにへたばっていると、
「何?そんなに美味しくなかった?」
一緒になって寝そべってきたエースが、私の背中を撫で上げた。
ぞわぞわして、のけぞりつつ何とか返事をする。
「だって、あなたが高級レストランとか高級ホテルとか……何を企んでるのかと」
そう、ここはレストラン並にレベルの高いホテル。
一泊のお値段が、私の店の××時間帯分の収入と同額かそれ以上!
エースは指で私の顔を上げさせ、ちゅっと触れるだけのキスをする。
「俺だって騎士だから、君にこんな風に優しく出来るんだぜ?」
手法は知っていても実行に移されることはなかろうとずっと思っていたのですが。
「私には分不相応ですよ。こんな場所」
「そう?他の役持ちに連れてってもらわないの?」
心底から不思議そうに聞かれた。私はつきあいのある役持ちを思い出し、
「うーん、高いところと言っても裏の人たち御用達の店とか、私が居心地悪くない
ギリギリラインの質素な店とか、お魚さん専門店とか、そういうとこを皆さん……」
「へえ、連れて行ってもらってるんだ」
エースの緋の瞳がうっすらと細まる。

しまった……。

手首を握る手が痛い痛い。
というか、あなたとつき合った覚えはないし、このホテルだって、食後、『帰る』
『仕事がある』と主張するのを無視して引きずってきたんでしょうが……。
――でもタダ飯は食べられたし、お腹も一杯になりましたし……。
それは感謝するべきか。
私は口を開き、エースにお礼を言おうとし……大あくび。
「え?ちょっとナノ。これからだろ?」
少し慌てたようなエースの声。私を起こそうと揺さぶってくる。
でもそれすら、ゆりかごを揺らすような心地良い振動に思え、
「だって、仕事が終わってから来るから……」
くたくたな身体に滋養栄養。珈琲のカフェインさえもあっさり吹き飛ばす。
「ナノ!ちょっと、寝ないでくれよ!ナノー!」
エースの焦る声を痛快に思いながら、私は眠りに落ちた。

…………
「起きた?ぐっすり寝てたよね」
日の光に目を覚ますと、上半身に何も着ていないエースの、寒い笑顔があった。
私は物憂げに、
「おはようございます……エース」
「おはよう、ナノ」
頬を撫でられ、軽いキス。あれ?何かベッドが異様に大きいし、内装は豪華だし。
窓からの景色の素晴らしさと言ったら……ここ、高級ホテル?
そして眠る前のやりとりを何となく思い出す。

「ええと、その……昨晩は、どうも?」
まさか謝るシーンでもないし、でも宿泊代は払ってもらったわけだしと、どうにも
リアクションが取りづらい。するとエースはいつものように笑い、
「気にしないでくれよ。別に寝てても問題はない。これはこれで楽しかったし」
「へ?」
そういえば、何もしないで寝たはずなのに、何でエースは上を脱いで……。
「……っ!」
自分の下半身を慌てて見下ろすと、下着ごと取り払われ、身体には……その……、
エースの体液が……。
「――っ!!」
私はガバッと跳ね起き、服を抱えバスルームに駆け込んだのであった。

…………
必死に身体を洗い、幸い汚れのついていない服を着終わると、私はまっすぐ部屋の
扉に向かう。奥の部屋から、まだベッドにゴロゴロするエースが手招きして、
「ナノ。君も起きたんだから、続きをしようぜ」
「寝てる女性に手を出す変態は黙ってください。人を呼びますよ!」
こればかりはホテルの強みだ。
「朝食はいいの?ここのバイキングは味も量も品数もすごいんだってさ」
「…………帰ります」
音を立てて扉を閉めた。
一瞬だけ心が揺れ動いたことは、見て見ぬフリをしてください。
チェックアウトがどうこう言う受け付けさんも無視して私はホテルの外へ走った。

朝もやに包まれた道を、肩を落としてとぼとぼと帰る。
「はあ……最悪です」
もう何もかも。食べつけないものを食べたせいか、一晩たって胃の中にまだ残って
いる気がするし、布団は柔らかすぎて逆に腰が痛いし……良からぬことをされたため
下半身の違和感は続いているし。
プレハブ小屋と粗食が懐かしい。そろそろ店が見える距離だ。
「さて、お仕事をがんばりませんと」
常連さんだって少しずつ増えているのだ。
異世界で自立して、いつかは自分だけのお店を開くために。
「ええ、くじけてはいられませんね!」
朝日に拳を握っていると、
「俺としてはくじけてほしいんだけどなあ……」
気配も足音もなかったけれど、いつの間にか追いつかれていた。

3/7
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -