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■クローバーの塔でした

 時計屋ユリウスは、私にクローバーの国に着いて解説してくれた。
「この国には美術館、クローバーの塔、ハートの城、そして森が
――聞いているのか?」
「あー。はいはい。真剣に聞いてますよ」
 街はにぎやかだ。
 カフェのウィンドウに展示されている珈琲豆をじーっと見ながら、
私は目をキラキラさせる。
「……なら私が、今言ったことを暗唱してみろ」
「『おまえの好きな珈琲を何でも買ってやる』――いだだだだ!!」
 頭をこぶしでグリグリされました。
「かわいらしい冗談じゃないですか、ユリウス〜」
「どこがだ! 人が説明をしてやっているんだ。真面目に聞け!!」 
 あうあう。
 涙目で苦悶していると、ユリウスはフッと笑う。
 そうしてみると、優しげにみえるから不思議だ。
「だが、今朝はまだ珈琲を飲んでいなかったな。
 珈琲が無かったら発狂して地面をのたうち回るおまえには、
さぞかし拷問だろう。入るか?」
 前言撤回。底意地の悪い悪魔の時計屋である。

 しかし、おごってくれるらしいので、私は屈辱のうちにカフェに入った。

「ご注文は何にいたしますか?」
 顔のないウェイトレスさんが笑顔で聞いてくる。
 ユリウスはぶっきらぼうな顔で私に、
「頼んで良いのは一種類。それも最低価格帯の中からだ。
 珈琲以外のものと、二杯目以降の珈琲は自腹で払え」
「……容赦なさすぎじゃないですか、それ」
 ウェイトレスさんもちょっと引いてますよ、ユリウス。
「こういうとき、男の方なら『遠慮なく好きなものを』と言うもんじゃないですか?」
 我ながら図々しいと思いつつ。
「『珈琲を全種類、二杯ずつ』と普通に頼む女だろう、おまえは。
 挙げ句にカフェイン中毒でぶっ倒れ、同行者に世話をさせ、
金も全額こちらに払わせ、後で払うと言って踏み倒――」
「あああああああああっ!!」
 なぜだろう。反論したいのに、記憶喪失の向こう側の黒歴史を
猛烈に揺さぶられる。
「まだあるぞ。おまえに飲まれた珈琲豆の種類は――」
「もう止めてくださいぃ〜っ!!」
 暗い笑みで嫌味を言い続ける時計屋と、頭を抱え奇声をあげる可憐な美少女。
 周囲のお客様もどん引きであった。

 …………
 
 クローバーの塔をめざし、私たちは歩く。
「すみません。以前、すさまじくあなたにご迷惑をおかけしたようで」
 泣きながら謝るわたくしに、ユリウスはフンッと鼻で笑う。
「以後は分をわきまえ、私の言うことに従うように」
「はいです……」
「分かればいい。行くぞ」
「はい」
 敗北感に打ちのめされ、ユリウスについていくのであった。

 そのとき。

「何だ何だ何だ、時計屋〜。ずいぶんとご機嫌だなあ。
上機嫌すぎて本音がダダ漏れだぞ〜」
 声をかけられた。
 振り向くと銀髪眼帯フリルスーツの変な人がいた。
「ユリウス、変な人がいます」
「こら君!! 人を指さすんじゃない!!
 それと変な格好というなら、時計屋も十分、変な格好だろうが!!」
 全身に時計じゃらじゃらですもんね。
 一方ユリウスはみるみる不機嫌になり、
「あれはこの国を這いずり回る芋虫だ。吐血が移るから近づくな」
「ちがーう! 伝染性の病気じゃないっ!!
 君!! 速やかに遠ざかるな!!」
 ユリウスの背後に後ずさる私に、芋虫は絶叫する。
 芋虫殿はヨヨヨと泣き崩れ、

「嫌われた……傷ついた……吐血したい」

 ビシャっ!

「な……」

 頬に赤い物が飛ぶ。この人……今、かなりの量の赤い物を……。
「おい芋虫!! 吐くならひとけのない場所で吐け!!
 ついでに二度と動くな!!」
 私の頬をすぐハンカチでこすりながら、ユリウスが言った。
「ゆゆゆゆユリウス!! こ、この人……! い、今……!!」
 地面に倒れ、のたうち回る銀髪さんに、私は真っ青になる。
 急いで助けようとするが、ユリウスに肩をつかまれ、はばまれる。
「気にするな。日課みたいなものだ。
 それより触るな。何が移るか分からない」
「ひ、ひど……」
 やはり赤い物を吐く芋虫さんであった。

 …………

 ユリウスと私は大きな塔に来た。

「連れてきていただき、感謝する……時計屋」

 そのスーツのイケメンさんは、沈痛な面もちであった。
 首のトカゲのタトゥーがカッコ良し。

 ちなみに芋虫さんはいない。
 彼は道中、ユリウスに連れられながら、赤い道を着々と制作。
 塔につく頃には顔色が真っ青通り越して、真っ白になっていた。
 だが出迎えのイケメンさんが、医師に引き渡そうとするや否や、
どこかに文字通り『消えた』。
 私は驚いたけど、皆慣れっこなのか、ため息をついただけだった。
「もうすぐ会合だというのに、大丈夫か?」
「努力はしている。努力はしているんだが、ご本人のやる気が……」
「甘やかすからそうなるんだ。たまには厳しく――」
「だがそうすると、ますます夢に引きこもられ――」
 私の頭上で会話がかわされる。
 私はユリウスの袖を握り、やりとりを聞いていた。
 すると、タトゥーのイケメンさんが私に気づく。
「……あ。すまない。時計屋。そのお嬢さんは?」
「ユリウスの内縁の妻です――ごふっ!!」
 場を和まそうとする冗句に、ユリウスの拳骨が落ちる。
「おい時計屋。女性に暴力は――」
 眉をひそめてくれるイケメンさん。
「こうでもしないと、際限なく調子に乗る奴だ。
 こいつは余所者のナノ。
 おい。こっちは『トカゲ』のグレイ=リングマークだ」
「……どうも」
「よろしくお願いします」
 私は半泣きで握手を交わした。
 そして、さっきの芋虫がこの塔のご領主さまだという、不安になる
情報をゲットした。

 
 そして帰りの街中。
「ゆ、ユリウス。そんなに手を引っ張らないで下さいよ」
「おまえこそグズグズするな。早く他の領土をまわって、美術館に戻るぞ」
「だから一人でまわりますって」
「ダメだ、おまえ一人では何をするか分からん」
「それじゃあ、次はハートのお城に行きたいです」
 お城! 乙女の夢!
「エースに会っただろう。他の役持ちは会う価値もない。
 あとは森を適当に見て帰るぞ」
「えー!!」
 強引にルートを決められてしまった。 
 だが、手をふりほどこうにも、時計屋の握力は強い。
 それでも逃げようとしていると、
「無駄な抵抗は止めろ。おまえの力では私にかなわない」
「ううう……」
 ヤバげな台詞を吐き、奴は勝ち誇った笑みで歩く。

 しかし……。
 ユリウスの記憶はおぼろげだけど、こんなキャラだったっけ……? 

「ねえユリウス。何で私に、そんなに構うんです?」

 すると沈黙があり、

「……私がおまえの保護者だからだ」

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