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■過保護時計屋は容赦ない3

 そしてエースとも別れ(というかエースが途中で迷って行方不明になり)、私たちは美術館に帰った。
「おう、帰ったか」
 お仕事が一段落ついたジェリコさんと一緒に、食堂で昼食を取ることになった。

「どうだ? ここには慣れたか?」
 ハンバーグ定食をかきこみながら、ジェリコさんが言う。
「慣れてはいるが、いつどうなるか分からない。
 しばらくは目を離せないな」
『…………』
 なぜか私の代わりに返答するユリウス。
 しばし沈黙が流れた。
「え、ええ。ありがとうございます。ジェリコさん。
 記憶喪失で不安だったけど、もう大丈夫です」
 聞かなかったことにし、ニコニコとベジタブルカレーを頬ばる。

「それは良かった。それで、本当にこれからどうしたい?
 カフェで働きたいってんなら口をきいてやるが」
「そうですね。私はやっぱり――」
「…………」
 
 何だろう。横のユリウスから何やら不機嫌オーラが出ている。

 ものっすごく機嫌が悪そうだ。
 眉間にしわを寄せ、どす黒いオーラをにじませつつ、私を睨んでいる。
 な、何? 何なんですか?

 ジェリコさんも不思議そうに、
「おい。どうしたんだ、ユリウス。そんなに殺気だって」
「何がだ。おまえの好きにすればいいだろう」
 そう言うが、声のトーンが下がりまくっている。
 もしかしてユリウスへのお礼が足りなかったのかな。
 色々迷惑かけたのに、失礼な娘だと思われてるのかも。

 そこで私は、頭を下げ、
「今までありがとうございました、ユリウス。
 ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。
 これからは自分のことは自分で決め――」
「……ハッ」

 …………。

「何で鼻で笑うんです」
「別に。笑ってなどいない」
「何だかヤケに突っかかってきません?」
「は? おまえこそ何をムキになっているんだ? おかしいんじゃないか?」
 ……すっごいけんか腰だ。腹立つ。
 言いたいことがあるなら、言えばいいのに。
「おいおい、ユリウス〜。どうしちまったんだよ。
 おまえ、この嬢ちゃんが来てから別人だぞ?」
 時計屋の変貌に、ジェリコさんまで目を丸くしている。
 だけどユリウスは何も言わず、無表情で食堂の珈琲を飲んでいた。
 私とジェリコさんは顔を見合わせ『?』という表情を交わした。
 そしてユリウスは、
「…………」
 相変わらず何も言わない。不機嫌モードが減衰。
 今度は表情が暗くなっていく。
 こう、不機嫌なのが相手に伝わって、自己嫌悪に転じたような……。
 私に対し何か言いたそうに見えた。
 が、何か言うのかと思うと珈琲を飲んでしまう。
 そのくせ、チラチラと私を見ている。
 いや、察するとか無理ですよ。
 森でちょっと妙な雰囲気になったけど、あれは本気なのか、どうなのか。
 少なくとも帰り道、ユリウスが私に気があるような素振りはなかった。
 ……い、いやいや自意識過剰すぎだ。
 そんなことがあるわけないだろう。

 食事も終え、困って窓の外を見ていると、クローバーの塔が遠目に見えた。
「あ!」
 何か思い出せそうな気がして、立ち上がる。
「どうした?」
 ユリウスが眉間にしわを寄せたまま、聞いてきた。
「他の領土にご挨拶に行ってきます」
「分かった、行くぞ」
 ユリウスが立ち上がる。

『……は?』

 私だけでなくジェリコさんもポカンとしてる。
 なぜ、あなたがついてくる。
「仕事はどうしたんだ? 確か時計がたまっているって……」
「そうですよ。私は私で適当にやるので、ユリウスはお役目を……」
「来い、ナノ」
 明らかに命令系だった。
「いえあの、ユリウス。私は一人で行きますので……」
「…………」
 ユリウスは無言で私を見下ろしてくる。
「な、何ですか?」
「…………」
 にらみ返そうとした。したが……身長二メートル近い男の威圧感は半端ない。
「あ。あの……その……」
 何なの。私に何を言いたいの。
 いいい言いたいことがあるなら、言えばいいじゃない!!

 しかし怖くて言葉に出来ず、涙目で一歩後ずさる。
 すると、誰かに抱き留められた。ジェリコさんだ。
「ユリウス。そんなに焦るなよ、ナノも怖がってるぞ?
 いい歳して余裕が無いのはみっともねえぞ」
 するとユリウスは眉間のしわを深くし、
「別に、そいつのことは何とも思っていない。
 私とどうなる気もないそうだからな」

 ……ん?

 それって、私が森で、エースに言った言葉だっけ?

 命の恩人相手に、失礼な言い方だったかもしれない。
 本当に気が無かったとしても、良い気分になる男性はいないだろう。
 ユリウスは気にしなさそうだったから、気軽に口にしてしまったけど。
 内心で男のプライドを傷つけられていたのかも……。

 でも、今更どうすればいいんだろう。
 覚えていないけど、以前みたいに、頼ってしまっていいんだろうか。
 ええと……。

「ユ、ユリウス。本当に一緒に行っていただけるんですか!?
 やっぱり初めての場所は不安だったので、嬉しいです!」
 
 かなり棒演技だったかも。だが、
「…………」
 ユリウスのまとう黒いオーラがすーっと薄れていく。
「仕方のない奴だ。グズグズするな。私は仕事で忙しい」
『…………』
 ジェリコさんと無言で視線をかわし、私は歩き出したユリウスの後を追う。


「ああ。追及しないでやれ。遅ればせの青春の真っ最中なんだ」
 ジェリコさんが部下さんに解説するのが聞こえたような気がした。

 でもまあ、実際はありえないですよね。
 ユリウスが私なんかを。

 ……まさか、ね。

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