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■過保護時計屋は容赦ない2

 森を歩く。てくてくと歩く。
「……ついてこないで下さい」
 ユリウスは私から少し離れてついてくる。
「行く方向が同じなだけだ」
 超古典的な言い訳をされた。

「気分転換に少し散歩するだけですよ。すぐ戻りますって」
 言い訳はスルーする事にした。
「おまえはまだ怪我が戻ってないんだ。あまりウロチョロするな。
 また怪我でもされたら私が困る。さっさと戻れ」
 心配しているのかしていないのか。
「気が向いたら戻りますよ」
 スタスタ歩くと少し沈黙があり、
「珈琲はまだ飲んでいないんだろう?」
「!!」
 ピタッと立ち止まる。
 ユリウスへの憤りと珈琲愛が、激しい交戦を繰り広げ――

「も、戻ろうかな……」

「グズグズするな。行くぞ」
 ユリウスは満足げである。なんか悔しい。
 しかし今戻ったら、本当に散歩に出ただけじゃないか。
「ユリウス、ユリウス。珈琲グッズを買って下さい。
 それなら外に出ながら珈琲を存分に楽しめます!」
「どれだけ図々しいんだ、ほら、歩くぞ!」
 ユリウスがやってきて、手を取る。
 当たり前のような仕草だ。
 大きな手に私の手はすっぽり包まれ、私はぐいぐい引っ張られ、美術館への道を。

 しかし、

「……人の服の匂いを嗅ぐな、気色の悪い」
「いえ匂いが懐かしくて」

 記憶は完全に戻ったわけじゃない。
 それだけにユリウスから感じる懐かしさに惹かれる。
 この人の仕草と言動、匂いにいちいち安心感がある。
 手をつながれてるのを良いことに、服に顔を近づけ、くんくんと
匂いを嗅ぐと、別の手で頭を戻された。
「よせ。変質者のような真似をするな!!」
 心底から嫌そうである。
 ……いじめたくなる。
「ユーリーウースー」
 頭をグリグリとユリウスの脇に押しつけ、匂いをかぐと、
「何をするんだ、不衛生な!!」
「あなたのその嫌がる顔にそそられまして」
「本当に変質者か! 離れろ!!」
 逃げ回るユリウスを、私は笑いながら追い回す。そしたら、
「……わっ!!」
「お、おい!?」
 木の根につまずき転びかけ、ユリウスに支えられた。

「すみません……」
 顔をあげると間近にユリウスの顔がある。
 怒ってるかと思いきや、ユリウスは苦笑していた。
「変わっていないな、おまえは」
 苦笑というか、安心している?
 ユリウスも、私のことを懐かしいと思ってくれているんだろうか。
「そうですか?」
「ああ」
 それきり言葉が途切れる、でも気まずい感じはしない。
 なぜかユリウスは私を放さない。
 私も放してと言わない。

 木々の葉が揺れ、風が梢を吹き、草がざわめいて。
「ナノ……」
 ユリウスが私の名を呼ぶ。

 それだけなのに、なぜか目を閉じるように言われた気がした。 

 そっと目を閉じる。

 どうしてだろう。記憶を失う前、私達はこんな関係だったっけ?
 でも抵抗する気になれない。
 ユリウスが私を強く抱きしめ直す。
 体温が、吐息が近い。
 そしてユリウスの唇が――。

「ユリウスーっ!! 久しぶりだなあ!!」

 近くの茂みから赤い物体が出現し、私たちはバッと離れた。

 …………

 エースなる男はニコニコニコニコと薄ら寒い笑顔で鍋をかき混ぜる。
「悪い悪い。あそこからだとナノの姿が見えなくってさ。
 そうかそうか。再会したと思ったら、さっさとそんな仲に。
 驚けばいいのか喜べばいいのか分からないぜ」
 と、私に器によそったシチューを渡してくる。
「久しぶり、ナノ。俺のことは思い出した?」
 彼はハートの騎士エース。ユリウスと同じく私を知っているらしい。
「思い出したくもありません」
「あははははは!」
 エースは渡しかけたシチューを手元に戻そうとする。
 ぐぬ! 渡してなるか! 私の食糧!!
「そう怒るな。エースは悪い奴ではない――多分」
「あはははは! ユリウス〜! いいところを邪魔されたからって
怒るなよ! 俺は祝福してるんだぜ?」
 エースは一切悪びれない。
 私はもくもくとシチューをいただく。

「それで、ナノはこれからユリウスと暮らすんだ?」
「い、いえ。ユリウスと暮らすというか美術館で暮らすというか」
「へえええええ。まあ頑張れよ!」
 明らかに特定の意味を含んだ笑みで、ユリウスの肩を叩くエース。
 セクハラ許すまじ。
「何を言ってるんです。ユリウスとはそういう仲じゃないし、なる予定も
ありませんよ。ね、ユリウス?」
「……そうだな」
 ユリウスはうなずく。
 が、ずいぶんと複雑そうな表情だった。もしかして傷つけた?

「あははははは!……本当に頑張れよ」
 肩をたたき、しみじみとエースは言ったのだった。

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