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■意地悪な時計屋

☆前回までの詳細なあらすじ:会合にて子猫になったナノさん。
 ユリウスの愛のおかげで、無事元に戻りましたとさ☆

 客室の扉を開けたジェリコは笑顔で、
「ナノーっ! 元に戻ったらしいな。おめで……とう?」
 言いかけた言葉が、途中から疑問系になる。

 なぜなら部屋の真ん中に、仁王立ちの時計屋。
 その真ん前で、涙ながらに正座する薄幸の少女。
 ジェリコはその光景をしばらく眺め、あごに手をやるいつもの仕草をし、

「……お楽しみ中か?」
『何が』
 つい声をそろえる、私+時計屋。
 ちなみに私は、かれこれ三時間帯ばかり説教をくらっている。
 いい加減に足がしびれて、感覚がなくなりそうですが。
 頼れる館長様は苦笑し、時計屋の肩をポンと叩く。
「まあまあ、そう怒るなよ。別に大事にならなかったんだし」
「十分なっただろう! どれだけ大変だったと思ってるんだ!」
 あれか。『時計屋が寂しさ高じて子猫を飼いだした』と噂になったり、グレイと
争奪戦になったり、何かエースがうるさかったり、子猫を追い回して消耗したり。
 いやー、猫を飼うって大変なんですねー。
「……調子に乗ったおまえの表情が気に食わん」
 なぜかユリウスに、こぶしで頭をグリグリされる。痛い痛い。
 けどジェリコに止められたこともあり、やっと気が済んだのか、
「反省したら、とっとと珈琲を淹れてこい。
 不味いものを作ったら許さないからな」
 威圧的に命令してくる。優しく謙虚なナノさんも、
「じ、自分で淹れればいいでしょうが!」
 必死に反撃するが。

「黙れ、居候(いそうろう)」

 ……グウの音も出やしない。だが居候は貴方も同じでは。

「私は働いている」

 轟沈。

 い、いや、こっちも時給(時間帯給?)で、働いてはおりますが!!
 しかし家主には逆らえず、涙ながらに珈琲を淹れる準備をするべく立ち上がる。
「あ、俺も頼むぜ。ブラックで」
 ちゃっかり追加注文して来ないで下さい、館長。
 うわ! あ、足がしびれ……!!
 お約束で倒れそうになる。た、助けて、ユリウスっ!!
「フン」
 スッと避けられた。鬼〜!!
「おっと」
 倒れる寸前に、ジェリコに支えられる。
 何て優しい人なんだろう! どこかの鬼時計屋とは大違いである!!
 館長様は私の頭をよしよしと撫でる。私はしがみついて、しくしくと泣く。

「遅い」
 時計屋はあくまで冷酷であった。

 こ、これじゃあ子猫の方が良かったー。


 そして数時間帯後。


「ナノ。ナノ〜?」

 遊びに来たエースが、床にぶっ倒れた私をつついている。
 珈琲のヤケ飲みで倒れた私は、返事が出来ない。
 時計屋はそのそばで、黙々と時計の修理をしていたのであった。

 …………

 そして、珍しく時間通りに夜になった。
「ユリウス、ユリウス。昼間はひどかったですよ」
 どうにか珈琲中毒から復活した私。
 私の珈琲を飲むユリウスに絡む。
「そうかそうか。まだ罰が必要なようだな」
 ぐぬぬ。家主かつ長身の男性。この壁の前に、不幸な少女は反撃を許されないのか。
「……まだ調子に乗ったことを考えてられている気がする」
 うわっ! あ、頭をガシッと抱え込まれた。
 指がめりこむ! つ、ツボがっ! 再び頭が良くなるツボがっ!!
「妄想で攻撃してこないで下さいよ。放して下さいっ!」
「なら、おまえの頭が良くなったか簡単なテストをしよう。
 二酸化マンガンに過酸化水素水を加えたら何になる?」
 ツボを刺激して、そんなことが分かるようになったらエスパーでしょうが!!
「に、ニトログリセリン!!」
「酸素だ、馬鹿者」
 指がさらにめり込む。
「いーやーあー! 穴が! 頭に穴が空きますからっ!!」
「そうだな、穴が空いて老廃物を捨ててから塞いでやろう」
「いや、中身が全部こぼれるのが先でしょう!!」
 ぎゃあぎゃあ騒いでおると。

「おーい、うるさいぞ、おまえら。
 イチャつくのもいいが、そういうことはもっと静かにやれよ」
 眠そうなジェリコが妙な抗議をしてくるまで、私たちは騒ぎまくったのであった……。
 
 そして。

「おい。いい加減に自分の部屋に戻れ。
 おまえの客室はちゃんと用意されているだろう」
 ユリウスが嫌そうに、私を押す。
 だが私も、ベッドの上でまどろんでいる。
「ええ……でも眠いからイヤですよ……。ユリウス、お姫様だっこで……」
「本気で蹴り落とすぞ。いいから出て行け」
「広いから、いいじゃないですか」
 押さないで。私も負けじとベッド中央を占拠しようとする。
 ユリウスも私も就寝時間らしい。
 夜はいつもお仕事してるのに、なぜ今に限って、きちんと寝るんですか。
「こういうときは、女性にベッドを譲り、男性は床で寝るものと相場が決まっているでしょう」
「――という図々しい魂胆の女には、意地でも譲りたくない」
 デスヨネー。
 仕方なく、私はもぞもぞとベッドの足側に行き、
「では、私は百万歩譲って足下で寝るので、ユリウスはどうぞ枕とベッドの半分を――」
 言い終わる前に蹴られた。くすぐったっ!!
 即座に頭の方に高速で這い、枕を抱えた。
「何でユリウスは冷たいんです。私はどこで寝ればいいんですか!」
「自分の部屋で寝ろ! 歩けば一分とかからないだろう!」
「何て冷酷非情な!! この私にこれ以上動けと!!」
 枕を投げるとユリウスはバシッと受け取り、こちらに投げてくる。
「反論する気も失せた! とにかく出て行けっ!!」
「出て行きますよ、あなたを倒してからっ!」
 枕をかわし、ベッドから出てソファのクッションをつかむと、ぶん投げた。
 ユリウスはそれを交わし、ベッドサイドの別のクッションを振りかぶる。
 ……奴が楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
 私も嬉々として枕を投げるのであった。


 ベッドをめぐる壮絶な争いはしばらく続いた。
 でもいつの間にか二人して寝てしまった。
 起きたとき、布団も枕もクッションも床に散乱していた。

 けど暖かい。

 私はユリウスに抱きしめられ、何もないベッドの上で寝ていた。


「夕べは延々とにぎやかだったな。けど、もう少し隣室の独り身の男のことも考えてくれよな〜」
 食堂にて、どこかのオッサン館長がニヤニヤとセクハラをかましてくる。
「ええ、ええ。昨晩はユリウスが私に執着しすぎまして。
 私が泣いてもう止めてくれと逃げているのに無理やり私を捕まえて……」
「おお、そりゃ激しいな。是非とも詳しく聞かせてくれ!」
「ええ。実は――」
「何の話だっ!!」
 時計屋、ご降臨。

 朝から頭のツボを押されまくり、壮絶な悲鳴を上げる居候であった。
 ついでにセクハラ館長も、スパナ攻撃を食らっていた。

「あそこって、あんなににぎやかな領土だったか?」
 顔なしさんたちのヒソヒソ話が耳に痛かった。


 あと、会合はまだあるらしい。
 子猫を失ったグレイは、まだ遠い目をしていた。

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