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■馬鹿騒ぎの終わり

「こら!! 暴れるな!! こっちに来い!!」

 部屋で時計屋は怒鳴りっぱなしである。
 なぜであろう。
 私がひとときもジッとしていないからか。

 子猫ナノ。ユリウスに割り当てられた客室で、バタバタ走り回っている。

「こらっ!! 家具で爪研ぎをするんじゃない!!
 ベッドの上を走り回るな!! その書類は私の仕事用のものだっ!!」
 グレイと違い、ユリウスは全然寛容じゃない――ちなみにグレイが
巻いてくれたスカーフはとっくに取り払われている。
 いたいけな子猫は部屋中を逃げ回り、家具と家具の間の隙間に潜り込んだ。
 うわー。この狭さ、落ち着くなあ。
「出てこい!! ナノっ!!」
 私を引っ張り出そうと、時計屋は怒声を上げる。
「あはははは! 完全に遊ばれてるなあ、ユリウス!」
 背後で笑うのは、憎きエース。
「誰のせいだと思っているんだ!!」
「おっと! 八つ当たりは止めてくれよ」
 ぶん投げられたスパナをパシッと受け止め、騎士は笑う。
「そうやって大きな声を出すから怖がられるんだ。
 ここは動物に好かれる騎士に任せておけ! ナノ〜!」
 シャーっ!!
 全身で毛を逆立て爪を剥き出しにし、威嚇の声を出す。
「…………。な?」
「……。何が『な?』なんだ?」
 笑顔のままのエースにつめたーいツッコミをするユリウス。
「珈琲でも淹れたら出てくるんじゃ無いか?」
 にゃ? 珈琲!?
「出てくるには出てくるだろうが、万が一にも飲もうとして火傷を
したり、中毒で身体を悪くしたら……」
 エースの提案に難色を示すユリウス。
 大丈夫大丈夫。冷ましてくれたらちゃんと飲めるから!
 珈琲! 珈琲! 珈琲!!
「あ。出てきた」
「……珈琲の話をしただけでか。よし、捕まえた」
 うわああ。捕まったーっ!!
 それより珈琲はどこ!?
「淹れるか、馬鹿者! こら! 暴れるなっ!!」
「あはははは! ナノ、もう完全に動物だな。
 ユリウス、責任を持ってちゃんと飼ってやれよ?」
「誰が飼うか!! 軽口叩いている暇があったら、元に戻す方法を探してこい!!」
「えー、ひどいぜユリウス。俺は真剣にナノを心配して……」
 嘘つけ。絶対心配してないだろう、あんた。
 ユリウスに抱っこされながらフーっと、威嚇。
「こら、私にも爪を立てているぞ。
 おまえもそんなに珈琲を飲みたければ、いい加減に元に戻れ」
 ええー。そう言われましても。

 どう集中しても、私の猫の身体が元に戻ることはなく、昼の時間帯は
虚しく消費されるのであった……。

 …………

 …………

 そして夜の時間帯の客室。

「こら、危ないだろう、そっちの籠で寝ろ」
 何度目だろう。私はユリウスに襟首つかまれ、ぶらーんと運ばれる。
 行き先はベッドサイドのテーブル。
 そこにはクッションを敷いた籠があった。私はそっとそこに置かれる。
 ユリウス? 珍しく上着を脱ぎ、ベッドで寝ていた。
 そう、あの時計屋が。まっとうに夜間に就寝なのだ。

 昼間のことでよほど疲れたらしい。
 ちなみにあの後もエースが私と遊ぼうとし、私が部屋を逃げ回って
ドタバタ大騒ぎだったり、グレイが私を取り返そうと殴り込んできたり。
 それを止めようとナイトメアが追いかけてきて吐血したり、ジェリコも
様子を見に来たりでもう大変だった。やれやれ。
 さすがの性悪時計屋もぐったり疲れ、珍しくお仕事をお休みし、
そのまま寝るらしい。
 もちろん私も一緒にベッドに入ろうと思ったけど、
『子猫と一緒に寝るわけがないだろう、つぶされたいのか、おまえは!』
 と怒られ、籠に入れられた。
 あと檻に入れるとか言ってたけど、あれは脅しらしい。
 しかし私は、灯りが消されるなり、ユリウスのベッドに潜ろうとジタバタ。
 それに気づいては、籠に戻そうとするユリウスと格闘。

 だが戦いにも終わりは来る。
 そしてついに。

「…………」
 ユリウス寝たーっ!!
 時計屋め。眉間にしわを寄せたまま、ついに睡魔に負けたらしい。
 子猫ナノさん、勝利に尻尾を立て、ヒョイッとジャンプし、ユリウスの
ベッドへ。
 ゴロゴロとユリウスの顔に身体をこすりつけ、お布団の中に入る。
 ユリウスの匂いだー。
 安心して、お腹の上に乗ってまたゴロゴロ。
 ちなみに猫がお腹に乗ってもユリウスは寝てる。ぐっすりだ。
 私は丸くなり、ユリウスと一緒に眠りの園に行こうとした。

 そのとき、ふと思った。
 何だかユリウス、寝付きがいいなー。
 よほど疲れていたんだろう、いつもなら眠気覚ましの珈琲を
飲んでるよねと思いつつ目を閉じ。

 ……そういえばユリウス、ずっと珈琲を飲んでいない?

 ユリウスの顔のとこまで行き、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
 しかし猫の嗅覚をもってしても、時計屋から珈琲の匂いはしない。
 もしかして私が騒ぐから珈琲を飲めないのかな。

 いやそれどころか――私のために、珈琲を我慢してくれてる……?

 仕事に珈琲が欠かせない人だ。
 カフェイン断ちの禁断症状は相当辛いはずなのに……。
 眠るユリウスを見る。不機嫌そうな疲れた顔。
 私のせいで、今まで以上に疲労させただろうか。
 珈琲を飲みたい。
 けど、それ以上に飲ませてあげたい。
 迷惑をかけてごめんなさい。

 私は目を閉じ、そっとユリウスの唇に――自分の子猫の口を重ねた。

 ちょっと残念だけど、王子様からのキスは別の機会に。

 ユリウス……大好き!

 …………

 …………

 彼が目を覚ましたとき、私はちょうど珈琲をカップに注いだところだった。
「な……っ!……」
 絶句するユリウスに私は微笑み、
「おはようございます、ユリウス。はい、どうぞ」
 ユリウスはまだ言葉が出ない様子だった。
 でも私が珈琲カップを差し出すと、反射的に受け取った。
「…………ああ」
 仏頂面で、そっと口をつける。目を閉じて。
 喉がゆっくり上下するのが見えた。

「戻ったようだな」

 一緒に珈琲を飲む私を見、少し笑ったのだった。

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