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■王子様のキス?

前回までのあらすじ:猫になったわたくし。自由を求めて逃げておりました。


 そしてクローバーの塔を逃げに逃げて……。

「やっと捕まえたぞ! この駄々っ子がっ!!」

 いーやーあー。ユリウスー。はなしてー。

 首根っこをつまみ上げられ、猫の子は暴れる。
 だがほどなくして、なけなしの体力を失い、くたっとぶら下がった。
 冷酷非道時計屋。世にも厳しい顔で、
「ナノっ!! どれだけ厄介事を引き起こせば気が済むんだ。
 いい加減に人間に戻れ! 珈琲を飲みたくないのか?」
 にゃっ? 飲む飲む飲む! 珈琲飲むっ!!
「だから、誰も今やるとは言っていないだろう! 人間に戻ってからだ!」
 ユリウスー!! 珈琲ーっ!!
「鳴くな! 窓から放り出すぞ、この馬鹿猫!!」
「おいおいユリウス。他の領土の奴らが見ているぞ。
 そこらで止めておいてやれよ」
 苦笑気味に声をかけてきたのは、後から歩いてきたジェリコさん。
 優しい館長さんの登場に、子猫は喉をゴロゴロ。
「ははは。分かりやすい奴だな。本当に動物になりきっている」
「どうだか。人間だったときと、あまり変わらんぞ」
 ハッと笑うユリウス。侮辱された気がする。フー!!

 その後、逃げなさそうだからと床に下ろされた。
 私はユリウスやジェリコの足元を走り回り、身体をこすりつけ、匂いをつける。

 残虐非道ないじめを受けてもユリウスが好き!
 私って尽くす女!

「……なぜだろう。何だか腹が立ってきた」
 再度私を抱き上げながら、低く言うユリウス。
 にゃー。毛皮を逆撫でしないでー。
 でも肩に乗っけられ、喉が鳴るのが止まらない。

 そしてジェリコはユリウスと歩きながら、
「だが実際のところ、ナノはいつ戻るんだろうな」
「ジェリコ。おまえはもう、色々調べたんだろう? どうなんだ?」
 私の喉をくすぐりながら、ユリウスは仏頂面で言う。
 ジェリコは肩をすくめ、
「普通の奴らはあんな森の奥であんな、見るからに怪しいキノコに手を
出したりしないからな。美術館員に軽く調べさせたが『通常、十数時間帯で
元に戻る』って記述が一個見つかっただけだ」
 ……エースめ。
 見た目が怪しいらしい物を、堂々と私に食わせたのか。フー!
「ハッ。ノコノコとついていったおまえも、自業自得だろう」
 何ですと!? 引っかきますぞ、時計屋!!
「こらこら、子猫と喧嘩するなよ。また変な噂が立つぜ?」
 私は戦闘態勢だったが、ユリウスが引いたから許してやる。勝利!
「何か……殴りたくなるんだが」
 馬鹿にしてませんよ?
 頭に乗って、前足で顔をペチペチ叩いてるだけなのにー。
「ほらナノ、こっちに来い」
 今度はジェリコに抱っこされる。

 いやー、ユリウスのそばにいるー。

「はは。暴れるなよ。懐かれたな、ユリウス」
 ジェリコは苦笑して、私をユリウスに返す。
 ユリウスは嫌そうな顔をしながら、
「いい迷惑だ。とっとと元に戻れ。どうすれば元に戻るんだ」
 眉間にしわを寄せて言う。私、のどをゴロゴロさせ、ユリウスの顔に
顔をこすりつける。これは匂いつけじゃなく親愛表現。
「む……」
 ユリウスも困り切った顔。
 けどジェリコが顎に手をやる。

「……もしかしたら、戻るかもしれんぞ?」

「それは戻るだろうな。だがいつだ」
「いや、そうじゃなくて。おまえがキスをすれば」

 にゃ?

「…………頭は大丈夫か?」

 ユリウスはこれ以上にないくらい目を見開き、ジェリコをまじまじと見た。
「真面目に言ってるんだぜ? ほら、おとぎ話にあるだろう?
 変身した子が、王子様のキスで元に戻るって――」
「ここはおとぎ話の世界でも何でも無いだろう!!」
 ユリウスが怒りのあまり、私を放り投げるかと思った。

 ま、銃弾飛び交うおとぎ話はないわな。
 あとこの根暗な引きこもりが王子様というのは、さすがに無理がある……。
 さらに言えば、果たして王子様という歳なのか……。

「……さらに侮辱を受けている気がするんだが」
 私の頭を乱暴に撫でながら時計屋。いやー。
「いやいや、物は試しにやってみろよ。
 案外、本当に元に戻るかもしれないぜ?」
「……出来るか! こいつと私はつきあっているわけではない!!」
 にゃー。首筋つまむなー。
「つきあってないのか? へー。そうかー。初めて知ったぜ」
 ジェリコ。反応が空々しい。

 そうしているうちに、私たちの部屋の前まで来た。
 ユリウスは私の首筋をつまんだまま、低く、
「別の方法を考える。もしくは元に戻るまで、部屋に閉じ込めておく」
 と、ジェリコに背を向けた。にゃー、閉じ込められるの嫌−。
 ジタバタするが、哀れな子猫は連れて行かれた。

 でもキスかあ。
 王子様とキス。
 
 ……本当に戻るのかな?

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