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■お久しぶりの人たち

 罪な余所者ナノさん。現在子猫ですが、あまりお気になさらず。
 二人の男に取り合われているが、眠いので寝てます。

 しかし……記憶の向こうから何か罪悪感が襲ってくる。

 記憶?

 私の記憶は森でユリウスに助けられたことに始まり、『今ここ』で終わっている。
 不自由は無いし記憶を取り戻したいとも思わない。今の生活は幸せだ。

 ……でもごくたまに、心の中を不安がかすめることがある。

 胸が痛い。
 置いてきた大切な何かに対し、キリキリと裂かれるような痛みを感じる。
 そう、この痛みに名前をつけるのなら――。

 …………

「……え? あれ?」

 気がつくと私は冷たい空間にいた。

 もう子猫では無い。人間の姿だ。

 周囲を見る。
 そこは冷たい石畳、鉄格子、無音の世界。
 暗くて冷たくて閉鎖的なそこは――。

 ――私、ここを……知ってる……。

 そして呆然と立ち尽くす私に声がかけられる。
「やあ、ナノ。久しぶり。俺を思い出してくれて嬉しいよ」
 言葉通り嬉しそうな声。ゆっくり振り向くと、その先にいたのは――。

「あ、変な人」

「一番最初に出てくる言葉がそれかい!?」
 
 いたのはどこかの夢魔と同じ、眼帯をした……監獄の所長とでも言うべき
奇妙な格好の男だった。私を見下ろし、意地悪げな笑みを浮かべている。
 どこかで見たことがあるのに思い出せない。
 そしてその笑みを見ていると、なぜか嫌悪の感情がわいてくる。
 何かを思い出すべきなのか。
 ここから出て行く手段を問うべきなのか。
 男はこちらの言葉を待ち、笑顔を浮かべている。
 そこで私は、

「お金貸して下さい」

「二声目がそれ!? 言っておくけど持ってないからね!?」

「ご安心下さい、来月には必ず返しますから」
「ここ、日付とか月とかない世界なんだけど!」
「大丈夫大丈夫。返します返します返します――ユリウスが」
「時計屋に押しつけるつもり!?」
 意外にノリが良い人だ。
「まあアホをからかうのは、さておき」
「……あ?」
「冗談っす。冗談、ジョーカーさん」
 ポンポンと背中を叩き、
「君、なれなれしいよ」
 嫌そうに払われた。
 何だかなー。覚えていないことが大半だけど、この人にも会ったことが
ある気がする。名前もスッと出てきたし。

「というわけで、お金を貸して下さい」
「金のことしか頭にねえのか、てめぇは!!……っ! しまった」

 ん? 口調変わったな。本人もそのことに気づいたか、手で口元を
抑えた。何か不味いんだろうか。私はキザったらしいより好きだけど。

「仕方ないでしょう、言われ無き迫害を受け、お金がないんです」
「いや、ほとんどおまえの自業自得だろう!!」
 何だか見ていたように言われる。
 あと、先ほどまでの物言いは演技だったようだ。
「じゃあいいですよ、紅茶の茶葉か珈琲豆で」
「何で俺がおまえに貢がなきゃならねえんだよ!!」
「そこはそれ、長年のつきあいと申しますか」
「さっき会ったばかりだろう!!」
 はあはあとジョーカーは肩を上下させる。
「大丈夫ですか? 血圧上がったんじゃないですか?」
「誰のせいだと思ってんだぁっ!!」
 鞭で近くの鉄格子を叩かれるが、わたくし、動じません。
 どう金をせびったものかと考えていると、監獄の向こうから靴音がした。
 そして現れたのは……。

「やあ、ナノ。久しぶりだね! また会えて嬉しいよ」

「あ、すごく変な人」

「すごく変っ!?」

 だって道化の格好をしてるんですもの。

 監獄のジョーカーはニヤニヤと、
「まあ監獄にその格好はねえよな。『すごく変』なジョーカーさんよぉ」
「『すごく変』なジョーカーさん、お金を貸して下さい。
 来月には必ず返済しますので」
「絶対に貸さないからね!?」
 言われてしまった。
 わたくし、監獄のジョーカーに抱きつき、
「世の中というのは世知辛いものですね。
 いい歳した大人たちが、薄幸の少女にお金も貸して下さらないとは」
「返済する気の無い奴に誰が貸すか!!」
 一方、道化のジョーカーは、私の身体をジッと見、
「でも君に提供出来るものがあるのなら、多少は――」
 何やら身の危険を感じ、私はダッシュで走り出した。
「おい、ジョーカー!」
「また来るかね、ナノ」
「さあ。ただでさえアレだしなあ」
「今度来たら、珈琲でも淹れてもらおうか」
 アレって何すか。
 金を貸して下さらないケチな輩から、私は必死に逃げたのであった。

 …………

 そしてハッと我に返る。
 あー。良く寝た。伸びをし、にゃーと鳴く。
 にゃーにゃー。珈琲ちょうだいー。紅茶でも可ー。
 と、主張する私のかたわらで、

「この子は俺が拾った!! 俺に懐いているし、もう塔の子だっ!!」

「あははははは! トカゲさんと真剣勝負が出来るなんて、ナノに
キノコを食べさせたかいがあったなあ!」

 ……状況は全く変わっていなかった。
 相変わらずクローバーの塔である。
 いつの間にかエースが参戦し、グレイと剣を交えていた。
 ユリウスはその背後で疲れた顔をしつつ、ジリジリと私のとこに近寄っている。
 声をひそめながら、こちらに手を伸ばし、
「ナノ。私のところに来い」
 あ。もう少しで捕まりそう。
 にゃー。いたいけな余所者を閉じ込めようとするユリウスなんて嫌いー。
「あっ! おい、ナノっ!!」
 寸前でユリウスの手をかわし、余所者猫は逃げる。
「はっ! だから言っただろう。その子は俺の猫だと!」
 グレイは気づいていたようだ。ナイフをユリウスに投てきする。
「おっと!」
 瞬時に動き、甲高い音とともにナイフをはじき返すエース。
「あははは!……ちょっと笑えなくなってきたかな」
 上司を攻撃され、エースの声がやや低くなる。
 グレイは一歩も退かないが、役持ち二人相手では、やや分が悪い。
「そろそろ本気を出させてもらうか」
 ナイフを構え直し、身を低くした。

 ……にゃー。退屈ー。

 男達の戦いを尻目に、私はとっとこ駆けていった。

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