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■余所者、グレイにちょっと飼われる

 ……何なんだろう、この状況。

「よし、これでいいぞ」
 グレイが。あの大人でカッコイイ、グレイ=リングマークが。
 溶けそうな笑みを浮かべ、私を見ている。
 ここはナイトメアの執務室。私はまだ子猫。
 私を大切に大切に運んできたグレイ。
 彼は、私の首輪の上に、お洒落なスカーフを巻いたところだった。
 首の違和感が嫌で、身体をぶるぶる振ると、
「小さい……ああ、癒やされる……」
 うっとりし、私の頭を撫でる。
 にゃー。珈琲ちょーだいー。
「ああ、お腹が空いたのか? 待っていろ。すぐに何か持ってきてやるからな」
 にゃーにゃー。珈琲ー。

「……グレイ。その子を時計屋に返した方がいいぞ」

 執務机からナイトメア。
 珍しく神妙な顔で、何とも言えない視線を私に注いでいる。
 が、グレイは私を庇うように抱きしめ、

「この子は俺の子です。俺が拾ったんですから」

「ピアスのようなことを言うんじゃ無い。
 どう見ても時計屋の猫だろう、その首輪といい!」

「シロちゃんは俺の猫です」
 命名された! しかも率直すぎる!!

「……その子の中身はナノだぞ。
 今もおまえの命名が気に入らんようだ」

 ナイトメアは心が読めるんだった。便利だ。
 これですぐユリウスのところに帰れそう。そう思ったら安心してきた。
 にゃー。ナイトメア〜、グレイに珈琲を出すように頼んでー。
「……珈琲マニアだとは聞いていたが、ここまでとは……。
 カフェインは猫の身体には劇物だ。真剣に止めておけ」
 呆れ果てたようなナイトメア。
 グレイは私の身体を撫でつつ、
「そういうわけで、この子は俺の部屋に連れて行きますんで」
 ひょいっと私を抱きかかえた。にゃーにゃー。珈琲よこせ。
「話を聞いてたか、グレイ。その子猫はナノだぞ〜」
 ナイトメアがツッコミに回る状況であった。
「何を言っているんです、ナイトメア様。余所者は人間でしょう。
 さあ部屋に帰ろうか、シロちゃん」
 大人なグレイがとろけそうな笑みで言う。
 ふあ〜。何だか眠くなってきた。猫はよく寝るのだ。 
 私はグレイの腕の中でゴロゴロと目を閉じた。
「癒しだ……癒やされる……」
「おーい、それでいいのかナノ〜」
 ナイトメアの声が遠ざかっていった。

 …………

 ……ん。
 目を開けるとユリウス――ではなくグレイの端整な顔が、目の前にあった。
 にゃ?
 うーんと伸びをし、ここがグレイの部屋だと気づく。
 ……なんで私は、この部屋がグレイの部屋だと知ってるんだろう。
 まあいいか。

 キョロキョロと辺りを見る。
 どうやらここはグレイのベッドだ。グレイはシャツ姿。
 寝てはいるが、靴も脱いでいない。
 私はグレイの上着を被せられている。
 うーむ。状況から察するに、私をいじっている間に、つられて寝て
しまったと思われる。

 グレイ〜。起きて〜。遊ぼ〜。

 頬を猫の舌で舐めるが、グレイはフッと微笑んだきり、まだ寝息だ。
 タヌキ寝入りとかではなく、本当に疲れて寝てるみたい。
 お気の毒に。
 仕方なく、ナノさんはグレイの上着にじゃれつく。
 ……煙草くさっ!!
 どこかに珈琲はないかと、ごそごそと上着の内部を這い回り……お、
肩の方に来たみたい。腕を入れるとこがトンネルみたいで面白い。
 ナノさんはゴソゴソと袖のトンネルを進み……あれ? 出られない。
 ちょっとどこかに引っかかった?
 外に出られず、後ろにも引けない。
 にゃー。ユリウス、助けてー!
 片方の前足だけどうにか外に出し、助けを求める。
 ううう。ん? あれ?
 よく見えないけど、何か大きなものが……私のピンクの肉球をふにふにしておる!!
 勝手に触るな! 爪をしゃーっと出すと、
「爪が小さい……」
 どこかで聞いたような声がし、ひたすら肉球をふにふにされる。
 にゃー。グレイー。珈琲ちょうだいー。
「ああ、すまない。ごはんだな」
 上着を動かされ、どうにか外に出られた。うわー。狭かったー。
 ベッドをあちこち走り、ゴロゴロする。
 目を細め、こちらを見ているグレイのとこに走り、すりすり。
 珈琲くださいー。
「子猫の鳴き声……」
 グレイはうっとりした顔で、子猫用ミルクとフードを出して下さった。
 それから上着を羽織り、何やら書類のチェックに入り出す。
 珈琲〜。
 しかし素直な私はピチャピチャとミルクを飲んだ。
 ふー。お腹いっぱい。でも爪がちょっとくすぐったい。
 あ、あの家具の足、ちょうど良さそう。
「こら、家具で爪研ぎをしちゃダメだ」
 グレイに引き離された。ケチ。
 ん? この紙、何だろう。遊んで良いのかな。
「あ、それはダメだ。重要書類だぞ!」
 引き離された。そんなー。
 
 その後も、部屋をあちこちうろついては、グレイに慌てて制止される。
 私を見張るのに忙しく、グレイは書類に集中出来ないみたい。
 子猫は可愛いけれど、最高に手がかかる小悪魔。
 さしもの可愛いもの好き補佐官も、正気に返ってきただろうか?
「いたずらっ子なところもいい……」

 あんまり正気じゃないっぽい。

 …………

「さあ、ナイトメア様のところに行こうか、シロちゃん」
 グレイの腕に大切に抱えられ、執務室へ。
 私はゴロゴロと喉を鳴らし、寝る体勢になっていた。
 そこに。

「ナノっ!!」

 ユリウスの声がした。

 目を開けると、廊下の向こうに時計屋が見えた。
 長い髪を少し乱れさせ、荒い息を吐いている。
 私を探し、あちこち走り回ったあとに見えた。
 彼は私を視界に入れ、ホッとした顔を見せた。
 だが私を抱いているグレイに視線を移すと、険しい顔になる。

「そいつを返せ、トカゲ。それは私の物だ!」
「何を言っている、時計屋。この子は俺の物だ!」

 声に怒りをこめ、静かに返すグレイ。
 敵対する必要のない二人なのに、私をめぐり事態は一触即発。

 何かずっと前にもこれと似たようなことがあった気がするんだけど……。
 自意識過剰かなあ。

 二人の男に取り合われ、罪な余所者は……余所者は……。
 大あくびをして、とりあえず寝ることにした。
 あー。珈琲飲みたい。紅茶でもいいけど。

 ……紅茶。

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