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■○○になった余所者

 にゃー。ユリウスー。珈琲〜。
「おい、静かにしろ。もう会合は始まっているんだ」
 正装のユリウスが声をひそめながら、私を叱る。
 うん。確かに会合とやらは始まっていた。
 ナイトメアが、ものすごーくたどたどしい様子で、開会の挨拶をしていた。
 周囲の人々はそれを退屈そうに聞き――チラチラとこちらを見てくる。

『おい、時計屋が子猫を連れているぞ』
『偏屈が高じてペットを飼いだしたってことか?』
『余所者は連れてきていないのか? 顔を見たかったのに』

 ヒソヒソ。時計屋+子猫の組み合わせがよほど意外だったらしい。
 七割は時計屋と子猫。三割が不在の余所者についての会話だ。
 しかし、その二つを結びつけられる、勘の良い者はさすがにいないらしい。

「客室に置いてくれば良かっただろう、ジェリコ」
 羞恥に顔を赤らめながら、ユリウスは八つ当たり気味にジェリコを睨む。
 確かに今の私は、完璧に猫である。
 いったいいつ作ったのか、ユリウスお手製の首輪つき――しかもチャームは
ユリウスとおそろいの時計型である。
 私はユリウスに構ってもらおうと、鳴いたり、手にじゃれついたり、
挙げ句に机から落ちかけ、ユリウスに助けられたり。
 うーん。中身もナノさんのつもりなんだけど、猫の本能が優勢に
なっている。
「子猫を客室に置いたら、それこそ何をするか分からんだろう。
 かといって、つないでおくのも可哀想だしなあ」
 ジェリコも顎を撫でながら困った顔。
 
 私はユリウスに抑えられながら、周囲をキョロキョロ。
 無関心そうに見ている者もあれば、何やら熱い視線を送ってくる者もいる。
 だがとりわけ凄まじいのは、他ならぬ主催者スペース。

 ……グレイがこちらを、超ガン見している。

 いや補佐としてナイトメアにちゃんと注意を向けたり、助言したりして
いるが、すぐまた私に視線を戻す。
 う、うん。そりゃ不愉快だろう。
 厳粛に進められるべき会合に子猫だもんね。
 せっかくの催しを台無しにされ、怒っているのだろう。
 しばらくは近寄るまい。ブルブル。
 私はユリウスの袖の中に入ろうと、ジタバタ。
「馬鹿。入れるわけがないだろうっ」
 入れるもん、入れるもん。袖口に頭だけ突っ込んでもがく。
「寝ていていいから、大人しくしていろっ。後で遊んでやるから」
 顔を真っ赤にし、大真面目に子猫に話しかける時計屋。
 今やたどたどしい議長より、注目を集めていた……。

 …………

 客室で、ユリウスはベッドに腰掛けている。
 片手を目に当て、深く深くうなだれていた。
「帰りたい……二度と人前に出たくない。いや一生部屋から出ない」
 切々と引きこもりの決意を固める時計屋。
 私はユリウスの足下にじゃれつき、靴紐に攻撃している。
「いつになったら治るんだかなあ」
 じゃれる私をくすぐるジェリコ。お腹触るなぁ!
「ははは。怒るなよ。ちっちゃくてもナノだなあ」
「おい、とっとと人間に戻れ! 珈琲を飲みたくないのか!?」
 珈琲!?
 私はバッと立ち上がり、にゃーにゃー鳴きまくる。
 珈琲! 珈琲ちょうだい!!
「違う、珈琲をやると言ったんじゃ無い!! 
 珈琲を飲みたいなら人間に戻れと言っているんだ!」
「おいおい。会話を成立させるなよ。しかし困ったなあ」

「……ペット用の檻を買ってくる」
 ユリウスが静かに言った。

 えええええ!?
「おいユリウス。それはさすがに……」
 ジェリコも若干、引き気味である。
「そうするしかないだろう。会議場でうろちょろして、他の参加者に
撃たれることだってありうる。閉じ込めて留守番させるのが安全だ」
 にゃーにゃーにゃー。
 私は嫌だ嫌だと抗議するけど、ユリウスはすでに暗い笑顔。
「私は保護者として、おまえを安全に保護する義務があるからな。
 安心しろ。頑丈なものを買ってきてやる」
 嘘つけ。会合で恥をかかされた仕返しをしたいんでしょうが、根暗時計屋!
 そのとき、客室の扉が開いた。
 墓守領の構成員さんが入ってきて、
「すみません、ボス。いいでしょうか――」
「いいわけがあるか!! すぐに閉めろ!!」
 ユリウスの絶叫。
「え……? は?」
 構成員さんは、とっさに対応出来ず、固まる。
 だがその隙に、私は走り出している。
「ナノ!!」
「待て!!」
 二人の制止する声が聞こえるけど、知らない知らない。
 私は開いた扉の隙間から、全力で外に出た。
「ナノーっ!!」
 むろん、追いかける時計屋の足音を背後に感じる。
 そうはさせるか! 子猫の野生を舐めるな!!
 私は走って走って走りまくって……。

 …………

 えーと、ここ、どこだろう……。

 気がつくと全く知らない場所にいた。
 ここ、どこ?
 ユリウス、ユリウス、ユリウスー!!
 寂しくてにゃーにゃー鳴く。

「……ん?」

 そのとき前方から足音がした。
 ユリウス?
 捜しに来てくれたの?
 私は喜び、尻尾をぴーんと立て、走り出した。
 そして止まる。

 前方から現れたのは、グレイ=リングマークであった。

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