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■余所者、変身する!!

 高原の朝。焚き火がパチパチと燃えている。
「ナノ〜。耳元で叫ぶから、耳がキーンとなっちゃったよ」
 まだ耳を押さえるエース。
「やかましい!! 人の布団に忍び込む変態がっ!!」
 私は持参した旅行用珈琲セットで、朝の珈琲を淹れながら怒鳴る。
「ええ? でも君が寒そうに布団にくるまっていたから、つい――」
「『つい』じゃないでしょう! この変態!」
「変態? 抱きついてきたのは君の方だろう? 
 あーあ。ユリウスがうらやましくなってきたぜ。
 君に抱き枕にされて、甘えてもらえるなんてさあ」
「――っ!」
 顔が真っ赤になる。エースはニヤニヤニヤと、
「君は記憶が無くなっても男には手が早いよなあ。俺だから良かったけど。
 他の役持ちなら、あんな風に抱きつかれた時点で、君に手を出してるぜ?」
「…………」
 色々と反論すべき場面な気がするが、なぜか反論出来ない。
「と、とにかく今後、保温は結構ですので。もう行きましょう!」
 アルバイトのシフトもあるが、会合も迫っている。
「あはははは。怒るなよ。ナノ〜。さ、キノコシチューが出来たぜ!」
 聞き流しつつ、ユリウスの顔が懐かしくなってきた。
 早く食べて帰ろう。
 私はエースのキノコシチューを急いで胃に流し込んだ。
「……ん?」

 今、舌にぴりっと来たような……。

 私はお皿から顔を上げ、
「エース。このキノコ、どういったキノコなんです? 安全なんですか?」
「さあ? 俺は食べたことはないなあ。でも縦に裂けたから大丈夫だって」
 ……いやそれ、完全に迷信だから。
 全身の温度がサーッと下がっていく。
 そして胃の辺りからビリビリと違和感が広がっていく。
 違和感は次第に……胃の痛みに……!
「これ、もしかして、毒キノ……」
「あははははは! 大丈夫だよ!……多分」
「〜〜〜〜っ!!」
 私は草むらに走り、何とか戻そうとした。
 だがすでにシチューは胃におさまっている。
「ほら、落ち着いて。指を喉に――」
 さすがに悪いと思ったのか、エースも駆け寄って、戻すのを手伝ってくれた。
 けど出しても違和感は収まらない。そのうちに手足の先が震えてきた。
「エース〜っ!!」
 さすがに野郎も、尋常では無い状況と分かったらしい。
「ごめんごめんごめん! 責任を取って医者まで送っていくから!」
「え? ちょっと待って。あなたが送って行くって言っても……」
 だがエースはテントの片付けもそこそこに、私を背負い、走り出した。
 ……ふもとの街とは反対の、山野の方向に。
 ちょっと待てーっ!!
 
 しかしすでに言葉の出ないナノさんであった。

 …………

 …………

 十数時間帯後。

「……これが、ナノなのか?」
 ユリウスの声には、怖いくらいに感情がない。
「あ、ああ。急いで医者に連れて行こうとしたんだけど、途中から……」
 珍しく口ごもるエース。でも顔は笑顔。
「これはまた……会合前に面倒なことになったなあ」
 半笑いのジェリコ。しかしエースに注ぐ目は冷たい。
「キノコによる一時的な中毒でしょう。ほとんど吐き戻されたようですし
効果もそれほど長続きしないと……」
 と、これはジェリコが呼んだお医者さん。
 結局エースのアホは、ジェリコたちに保護されるまで迷い続けていた。
 そのとき私は、すでに『こうなって』いた。

 皆さんの注目を浴び、私は『にゃー』、と鳴く。

 余所者ナノ。毒キノコの影響でなぜか子猫になってしまった。

 真っ白けで手足の短い子猫。
 困り切った顔のユリウスの手に、身体をすりすりしていた。

 …………

 …………

「おい……おい!」
 くうくう寝ていたら、声をかけられた。
 ユリウスである。
 服装は会合用の正装。どうやらこれから出かけるらしい。
 私は毛布の切れ端を敷いた籐編みの籠の中。
 そこで伸びをし、ピョンと外に出……ようとして転ぶ。
 短い手足でジタバタし、出ようともがいていると、
「何をやっているんだ」
 とユリウスに首をつままれ、救出された。
 にゃーにゃー。ごーはーんー。
「待ってろ。今やるから」
 大きな手で地面に下ろされる。床には猫用の器が二つ用意されていた。
 一つには子猫用のミルクが並々。
「ほら、もう出発だ。早くしろ」
 だけど私は匂いを少し嗅ぎ、ユリウスに訴える。
 ユリウスー。ミルクはいやー。珈琲ちょうだいー。
 何度も訴えると、ユリウスは、
「……まさか、珈琲か?」
 こくんとうなずいた。
「二重に中毒を起こす気かおまえは! 
 猫に珈琲など飲ませられるか! ミルクで我慢しろ!!」
 ええ〜。
 しかしユリウスが許してくれそうにないので、渋々ミルクを飲む。
 お隣のお皿には、カリカリが出されていた。
 そちらは抵抗なくポリポリ食べる。
 食べ終わると身体を舐めて毛繕い。
 そしてずっと私を見ていたユリウスの足に、身体をこすりつける。
「……おまえはちゃんとナノなんだろうな?」
 そうですよ〜。喉をくすぐられ、ゴロゴロゴロ。
 くつろいでいると、バタンと扉が開いた。
「ユリウス! ナノは大丈夫か!?」
 うわ! びっくりした!!
 大きなジェリコが入ってきた。彼も正装していた。
「おい、大きな声を出すな! こいつが驚いただろうが!」
 わたくし、ユリウスの作業机の下に避難していた。
「ええ? いや、驚かすつもりはなかったんだが……。
 それより、まだ元に戻らないのか?」
 腰をかがめ、チッチッと私の方に手を伸ばすジェリコ。フーっ!!
「威嚇するなよ。それにしても、本当にナノなのか?
 まさかエースの奴がからかって……」
「ナノだ。珈琲を欲しがった」
「ああ、じゃあ間違いなくナノだな」
 すごい見分けられ方だ!
 これ以上、動物と思われたくなかったので、机の下から出てきて、
ジェリコにもスリスリする。ジェリコは嬉しそうに私の喉を撫でた。
 一方ユリウスは、
「ジェリコ。本当にこいつを会合に連れて行くのか?」
「急変でもしたら事だし、皆してしばらく留守にするんだ。
 子猫一匹だけ、置いてはいけないだろう」
 それを聞き、ユリウスは全くエースの奴……と毒づき、私を抱き上げた。
 にゃーにゃー。珈琲ちょうだいー。
 ユリウスは深く深くため息をつき、懐に私を入れた。

 かくして、とんでもない形で会合に初参加するハメになってしまった……。

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