続き→ トップへ 小説目次へ

■エースと(また)キャンプ☆

 食堂から作業場に戻ったユリウスは、いつになくイライラしているようだった。
 後ろからチョコチョコついていく私は、
「ユリウス、どうしたんですか? 珈琲でも淹れますか?」
「ああ、頼む」
 珍しく素直に返答し、作業台に向かう。
 そこには新たに持ってこられた時計が積まれていた。
 ユリウスはさっさと眼鏡を装着する。
 もうお仕事モードらしい。彼は私に、

「会合が近くなれば、仕事も増える。当分はおまえの相手もしてやれない。
 珈琲を淹れたら、しばらくは部屋に来ないでくれ」

「えー!」
 珈琲を淹れる準備をしながら愕然とする。
「そうなったら、私は誰にお小遣いをタカればいいんですか!」
「まず出てくる発言がそれか!!」
 と律儀にツッコミを入れ、やれやれとため息をつき、
「おまえと遊んでやれるのはたまった仕事が片付いた後だ。
 といっても会合が始まるまでは無理だろうな。それまで我慢しろ」
「はーい」
 ……待て。何で私が『ユリウスに遊んで欲しくて我慢出来ない』みたいな流れにしている。
 ツッコミ返したかったが、すでにユリウスは工具を準備し始めている。
 どれだけふざけていても一線というものはある。
 ユリウスが仕事を始めたら、妨害は許されない。

 なぜだろう。気分がどよーんと落ち込んでくる。
 前回の仕事が一段落したばかりだったのに。

「ユリウス〜」
 まだお仕事は始まっていない。
 背後から抱きつくと、ユリウスは珍しく柔らかな声を出した。
「仕方がないだろう。もう少しの辛抱だ」
 彼の手が、私の手を包む。ガサガサしてるけど、とても温かい。
 まさかとは思うけどユリウスも同じくらい、一緒に過ごせないことを
残念に思ってくれてるんだろうか。
「だからおまえも頑張って仕事をして、社会にちゃんと適応しろ」
 ……あんたにだけは言われたくないわ。

 …………

 とりあえず次のシフトまで時間があったので、クローバーの塔にでも
遊びに行こうと思った……のだが。
「あ、ナノー!!」
 美術館を出るなり、赤い悪魔に出会った。
 全力でダッシュしようとするが、鍛え抜かれた騎士に襟首をつかまれてしまう。
「誰かー! 正義の変質者がー!!」
 だが折悪しく周囲に人の気配はない。
 私は宙にぶらーんと吊り上げられた。しまる! 首の辺りがしまる!!
「あははははは! ユリウスと組んで俺を置いてけぼりにして、とーっても
美味しいカステラをくれて、君にはお世話になりっぱなしだから御礼をさせてよ!」
 復讐する気満々だ!!
「すみませんすみません、調子に乗りました。
 せめて最後のお祈りをさせて下さい!!」
「はははは! 俺は心の広い騎士だからね。残酷なことはしないよ。
 まあちょっとはしたいかなーと、思っちゃったけど」
「ユリウスー!!」
 余計にジタバタ暴れるが、
「よし、二人で壮大な旅に出よう!」
 エースは勝手に歩き出す。
「だーれーかー……」
 助けを求めるが、通行人の皆さんは盛大に目をそらすのであった。

 …………

 …………

「いやあ、食べましたねえ」
 夜の焚き火を見つめ、上機嫌でお腹を撫でる。
「うん、食べた食べた」
 エースも機嫌がいい。
 最初はどんな報復を受けるのかと恐れていたが、エースはいつも通り。
 一緒にハイキングをして、日が暮れたらキャンプをして。
「それで? ユリウスとは上手くいっている?」
「小遣いをせびっては鉄拳制裁を食らっております」
「あはははは! やっぱり?」
 やっぱりなのか。
「でも良かったぜ。君がいて、ユリウスも嬉しそうだし」
「そうですね。私をいたぶる時など、特に」
 そう言うとエースの目が意地わるーく光る。
「ふううん……ユリウスにいたぶられてるのかあ。大変だね」
「いえ、そっちの意味では無く」
「まあ合意ならいいけどさ。辛いなら俺に遠慮無く相談してくれよ?」
 野郎。分かってて言ってるな。
 でもセクハラモードはそれ以上続かない。
 エースの目は、いつもよりほんの少し優しかった。
「うん、本当に良かったぜ。君もさ、他の誰より、ユリウスの傍が一番いいだろう?」
「……他の誰って」
 記憶喪失で比較対象がいないんだけど。
「教えてほしい?」
 エースが笑う。
「――いえ。いいです。どうせろくなもんじゃないし」
「そっか。残念だな」
 何がどう残念なんだ。親友の幸せを願っている風なのに。
 嫌味をぶつけてやろうとして……。
「……ふあ……」
「あれ? ナノ。眠い? そっかそっか。じゃあ、そろそろ寝よ――」
 寝付きの良いわたくし、最後まで聞かず寝てしまった。

 …………

「ん……」
 ユリウスに抱きしめられ、全身が温かい。
 ギュッと抱きしめれば、抱きしめ返してくれる大きな腕。
 夢心地のまま、首筋に顔をこすりつけると、かすかに笑う声。
 そして髪にキスをされる。
 それが嬉しくて、さらにギューッと……。
「あのさあ、ナノ。嬉しいんだけど、それ以上は男としての忍耐力を
試されそうだから、自重してくれないか」
 ……ん?
 何かユリウスらしからぬ物言いだ。
 私はねぼけたまんま目を開け――。
「や、おはようナノ!」
 目に痛いコートを脱いだ、黒い詰め襟の悪魔。
「いやあああああーっ!!」

 高原の朝を絶叫と共に迎えたのであった。

15/23

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -