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■信用度ゼロの余所者

 ユリウスはたまった仕事も一段落し、ソファで休憩である。
 私は彼に珈琲を淹れ、休憩につきあっている。
 そして『催し』のことを聞いた。

「もうすぐ会合?」
 ユリウスの背中によじ登りながら返事をする。
「そうだ……下りろ、図に乗るな!!」
 しかし前回かまってもらえなかった寂しさ。
 私はおんぶおばけのごとく、ユリウスの背にくっついて離れない。
「覚えていないか? おまえは別のクローバーの国にも行ったはずだが……」
 くどいようだが私は記憶喪失。
 あ。肩にしがみつく手を、ユリウスに引き離された!
 私はずるずる滑り落ち、ソファとユリウスの間にギューッと挟まれる。
 うお! 後ろに体重をかけてくるな! つぶれる! つぶされる!!
 ジタバタしながら外に脱出し、ユリウスの膝に頭をのせる。
「うーん。他のクローバーの国のことなんか記憶にないですね」
「そうか」
 片手で珈琲を飲み、もう片手で私の髪をわしゃわしゃし出す時計屋。
 やーめーてー。
 膝の上からも逃げ、床に転がると、今度は靴のつま先でグリグリされる。
「ああ、でも」
 記憶の白い闇を探って探って。
 良いことも多かった気もする。悲しかったこと、切なかったこと。
 嬉しかったこと、楽しかったこと。
 でもその記憶の最後に、とある感情に辿り着く。

「すごく寂しかった気がします」

「……そうか」

 ユリウスはそれだけ呟いて、珈琲を飲む。
 相変わらずつま先で、私をグリグリ。大真面目な顔で女を足蹴にするなと。
 床に膝をつき、ユリウスの膝に頭を乗っけると、今度は普通に撫でてもらえた。
 ユリウスもテーブルに飲み終えたカップを置き、本格的に私をなでなでと
……ぐっ! なぜかツボ押しモードに!!
「確かここを押せば頭が良くなるはず……」
「待って! 私の頭は元から良いですから!!……いやあーっ!!」
「これで少しは頭が良くなったか? よし、テストしてやろう。
 三人の客がいて、それぞれに珈琲を淹れた。
 一人が一杯全て飲み、一人が半分残し、一人が飲まなかった。
 残った珈琲の量はどれくらいだ?」
「の、残った珈琲などありません。そんな可哀想な珈琲。私が全て飲みます!!」
「まだ頭が悪いようだな。より脳髄を刺激するツボは……」
「きゃーっ!!」
 淡々と暴力に走る時計屋と、逃れようとする可哀想なわたくし。
 結局、会合については話が進まないまま終わってしまった。

 …………

「会合について、ほとんど知らない?」
 食堂でジェリコに会ったとき、私から話を聞いてジェリコは呆れていた。
 私の隣に座るユリウスに、
「おいどうしたんだよ、ユリウス。説明はおまえに任せたはずだろう?」
「それが……ユリウスから身の毛もよだつ暴力を受け――ごふっ!」
 また殴られた。ジェリコが困り顔で、
「ユリウス〜。そういう真似は止めてくれよ。
 人目もあるし、いちおうナノも女の子なんだから……」
『いちおう』とかつけるな。好感度下げますぞ、館長。
「こいつが真面目に話を聞かないからだ。すぐにふざけて……」
 珈琲を無表情に飲む時計屋。
 いや後半、明らかにあなたもノリノリでふざけてたでしょうが……。
「まあそうなんだろうが、そこをちゃんと説明してやるのが大人で――」
 えええ! ジェリコさんが同意してやがる!!
 味方と思っていた人に裏切られ、しくしくとハンカチを噛んでいると、
「まあ、教えてやるよ。会合って言うのはな――」
 苦笑しながら、ジェリコが教えてくれた。

 …………

「そうですか、いってらっしゃい」
「おまえも行くんだ」
 即答したら、ユリウスに即答された。
「嫌ですよ、そんな不毛で退屈で意味のなさ過ぎる催し。
 皆さんが退屈に耐えている間、部屋で珈琲を飲みながら、安逸に惰眠を
貪っていた方がマシです」
「『マシ』の使い方が間違ってねえか?」
 苦笑いするジェリコさん。
「でも余所者は参加しなくていいんでしょう?」
 食後のガトーショコラにフォークを突き立てる。
 退屈なのも嫌だが……会合という響きの向こうに、記憶喪失時の
いやーな感情を喚起させられる。
「いいから行くぞ。保護者として、そんなだらしない生活が許せるか!」
 仕事のしすぎで、キノコが生えそうな人が言うか。
 私はタルトプディングをオーダーし、『お代は時計屋のツケで』と発言して殴られつつ、
「とか何とか言って。本当は自分が強制参加で、私がそうじゃないのが
気に入らないんでしょう?」
 浅からぬ付き合いだ。時計屋の本音くらいお見通しである。が、
「ああそうだ! 私が参加させられ、おまえが休んでいていいなど、気に入らん!」
 認めやがった!!
「じゃあ私も絶対に参加しませんよ!
 自分が嫌だから人を巻き込もうだなんて、ひどいじゃないですか!」
「引きずってでも参加させる! 私だけが嫌な思いをするなど、許せるか!」
「参加しないったら参加しません!
 あなたの憂さ晴らしのために参加するなんて嫌ですよ!!」
 皆の呆れた視線を受けつつ、ぎゃあぎゃあ言い争っていると、
「参加したくないなら、無理に参加させなくてもいいだろう……」
 ボソッとジェリコさん。ああ、何て話の分かる御方!!
 しかし敵もさるもの、低い低い声で、

「いいのか。こいつを一人にさせておくと、何をするか分からんぞ?
 帰ったとき、カフェイン中毒で倒れていたらどうする。
 いや、厨房の紅茶や珈琲をごっそりくすねているかもな」

「しませんよ、そんなこと!!」
 と言いつつ胸がキリキリキリと痛む。
 何か……記憶にないはずなのに、記憶が……!!
 とりあえずユリウスにタックルをしかけた。
 が、予知していた時計屋に、アッサリ身体をつかまれ、ポンと膝に乗せられる。
 ジェリコさんは、数秒固まっていたがユリウスの言葉を吟味したのか、
「……ナノ。強制参加な」

「私は無実ですよー!!」

 時計屋の膝に乗せられたまんま絶叫する、薄幸の余所者であった。

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