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■ソファで爆睡×2

 執務室では分不相応なほどに、歓迎を受けた。
「よく来たね。ゆっくりしていってくれ。
 この前は見苦しい姿を見せてしまったからな」 
 うん。実際に見苦しかった。
「ひ、ひどい……!」
 あ。そういえば心が読めるんだっけか。
「お久しぶりです、ナイトメアさん。その後、お身体は大丈夫ですか?」
「ナイトメアでいいよ。ああ、こいつもグレイ、でいいからな。
 茶菓子を用意させよう。好きなだけくつろいでくれ」
 大歓迎であった。が。
「ナイトメア様。会合が近いのです。長時間の休憩はご遠慮を」
 しかめ面のグレイが低く言う。
 でも私には申し訳無さそうな優しい笑顔になり、
「遊びに来てくれたのに、すまないな。休憩は一時間帯だけなんだ。
 でも来てくれて良かった。歓迎するよ」
 ……お母さ……ゴホンゴホン!!
 疲れたような笑みが痛々しい。
 一方、ナイトメアは部下の疲労など気にかけもせず、
「何をして遊ぼう? カードゲームは好きかい?」
 と、はしゃいでおった。
 応じた方がいいのか、出て行った方がいいのか。
「もちろん応じてくれたまえ! 私に仕事をさせようという悪魔の言うこと
などきにするな!! さあさあ、立ってないで座ってくれ!」
 心を読めるって便利だなあ。
 無理に立ち去るのも悪いので、私は勧められるまま、ソファに腰掛けた。

 …………

 …………

「……はっ!」
 目が覚めると、クローバー柄の天井が見えた。
「あ? え?」
 一瞬、自分がどこにいるか分からず身体を起こすと、毛布が落ちた。
「……へ?」
 何があったんだっけ?
 周囲をキョロキョロ見ると、グレイと目が合った。
 書類の束を抱え、私を見ると穏やかな笑みを見せ、
「ああ、起きたのか。よく寝ていたな」
「……え?」
 聞き捨てならない言葉に、私はよーく周囲を観察する。
 ここ、ナイトメアの執務室だ。
 ……私は毛布をかけられ、ソファで寝ていたらしい。
「君はナイトメア様とカードゲームをされて、茶菓子を食べて、そのうちに……」
 船をこぎ出し、人様の部屋で堂々と寝てしまったと!?
 さすがのナノさんの頬も、カーッと羞恥の朱で染まる。
「よく寝ていたし、君はこの国に来たばかりなんだろう?
 疲れていると思って……」
 仕事をしているナイトメア。
 起こしてくれたら良かったのに……!!
 執務室に二人以外の職員さんはいないが、それでも恥ずかしいことには変わりない。
「そうか? 私もグレイも気にしないぞ? うたた寝をするなんて、
それだけ警戒を解いてくれたということだし、寝顔も可愛かっ――」
「ナイトメア様」
 グレイがゴホンと咳払い。
 そして羞恥でぶるぶるする私に、
「寝ていたのも三時間帯くらいだし、人の出入りもない。
ナイトメア様も君を起こさないようにと、仕事に集中してくださった」 
 三時間帯って、十分長いわ!!
 あと人をダシに仕事をさせないで下さいな!
 怒鳴りたいけど、ご迷惑をおかけした手前、逆ギレも出来ず、ただただ
かしこまる。あ、そうだ。三時間帯は長い。そろそろ帰らないと。
 するとナイトメアが残念そうに、
「帰るのか? 夜になったし、泊まっていったらどうだ?」
 窓の外を見ると、確かに夜の時間帯になっていた。
 うーん。どうしよう。
「夜道の一人歩きは危ない。泊まるなら部屋を用意させるよ。
 美術館にも連絡をしておこう。
 夕食もナイトメア様と一緒に取れば良い」
「おお、それはいいな! そうしなさい、ナノ。
 最上階の客室なんかどうだ? あの夜景は本当に素晴らしいんだ」
「うーん、そうですね」
 ほとんど知り合ってないのに、ものすごく好意を持たれている。
 賞味期限が切れかけてると思われた余所者パワーは、まだ健在らしい。
 まあ断る理由もないし、こんな大きな塔でお泊まりというのもワクワクする。
 でも――。

「ありがとうございます。でも帰ります。ユリウスが心配だから」

 …………

 …………

 取っ手を回すと、ドアはあっさり開いた。
「ユーリーウース!」
 仕事が終わったのかと喜んで中をのぞいたが、ユリウスはまだ仕事中だった。
 この仕事の鬼が。
 い、いや別に心配してほしかったわけじゃないですけど!

 帰り道で、危険な赤い悪魔に会うことはなかった。
 美術館に帰ったとき、むしろ心配してくれていたのはジェリコだった。
 夜道を一人で帰るのは危ないと、ちょっと苦言を呈されてしまった。
 そして放免され、食堂でお夕飯。
 ユリウスのためにサンドイッチを作ってもらい、それを持ってユリウスの部屋に来た。
 が、奴はまだ仕事中だった。
「ユリウス〜」
 つついてみるが、無反応。
 ダメだ。こうなると何をしても無駄。
 けど作業台を見ると、修理を待つ時計はほとんど無くなっている。
 もう少しで終わるだろう。
 私は邪魔にならない場所にサンドイッチを置き、ソファに腰掛ける。
 珈琲はユリウスの仕事が終わってからにしよう。

 ソファに座って頬杖をつき、ユリウスの仕事を眺める。
 普段のユリウスもいいけど、眼鏡をかけた仕事モードのユリウスもいいなあ。
 一心に時計だけを見、全てを仕事に注ぎ込む。

 そんな姿に見とれている内に眠く……眠く……。

 クローバーの塔のソファの方が、ずっと立派で寝心地が良かったのに。
 でもユリウスの部屋のソファの方が好きだ。

 ユリウスがいて……安心……するから、かな……。

 馬鹿だな、私。全然心配されてないし、きっと、相手にも……されて……。

 …………。

 誰かが、横になって眠る私をのぞき込んでいる気がする。
 何度も頬を撫で、髪をすき、指を絡める。
 うう、指がガサガサしている。いやー。
 もぞもぞと動くと、ハッとしたように遠ざかる気配。
 でも私は夢うつつで、頭がぼんやりする。身体も目覚めない。
 するとまた近づく気配。

 今度はずいぶんと長く髪を撫でていて。


 そっと何かが唇に触れた。


「ナノ……」

 名前を呼ばれ、もう一度、何かが唇に……。

 頬が熱いのに、何だか安心してしまい。
 それきり、私はぐっすりと眠ってしまった。
 
 …………

 …………

「…………」
 目を開けると、私はユリウスの部屋のソファに寝ていた。
 ユリウスのコートをかけられ、爆睡していたらしい。
 作業机で仕事をしていたユリウスは、私を見ると口を開き、何か言いかける。
 きっと何かしら嫌味だろう。

 だが私はそんなことより絶望的な気分で、

「珈琲!! お休み前の珈琲を飲み忘れて寝ちゃいました!!
 私、寝る前に珈琲を五杯六杯七杯八杯は飲まないと、眠れませんのに!!
 ユリウス! お詫びに珈琲をおごって下さい!!」

「その言動をどうにかしろ、このカフェイン中毒が!!」

 起きて早々、時計屋の拳骨を食らったのであった……。

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