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■激辛珈琲カステラとクローバーの塔

 ユリウスと私の間に、いっとき生じた気まずい関係。
 でも遭難事件があってから、そんなものは消失し、日常が戻ってきた。
 そんなある時、アルバイトがお休みの時間帯。

「ユリウスー、珈琲を淹れて差し上げるから、お小遣いくださーい!」
「帰れ!」

 ドアを開けてペッと放り出された。
 仕事中の時計屋に、冗句は禁物であったらしい。
 いや、冗句では無く本気であったが。
「ユリウスー! あーけーてー!!」
 泣きながらドンドンと扉を叩くが、中からは鍵をかける非情の音。
「ひ、ひどい!!」
 扉をガリガリひっかき、しくしく泣いていますと、
「どうした? ナノ」
 ジェリコに声をかけられた。
「ひどいんですよ、ジェリコさん! ユリウスの仕事を妨害して金を
せびろうとしたら、追い出されて中から鍵をかけられてんです!」
 奴の非道を切々と訴えると、ジェリコさんは私の頭をよしよしと撫で、
「うんうん。おまえが何をどう『ひどい』と言ってるのか、俺には
サッパリ分からんが、ひどいと言うなら、ひどいんだろうなあ」
 ジェリコは大変に理解がある。
 私はジェリコの胸に抱きつきながら、
「こうなったら鍵穴にガムを詰めてやろうかと思いますよ」
「……それ本気で時計屋に嫌われると思うぞ?」
 冗談っす。
 ジェリコさんは困った居候をこづきながら、
 
「ユリウスは忙しいんだから、散歩にでも言ってこいよ。
 他の領土の友人と会ってきたらどうだ?」

 はーい。

 といっても、私は記憶喪失。
 この世界の知り合いと言ったら、まずあの赤い悪魔。
 それから……。

 …………

 …………

 一時間帯後、私はクローバーの塔に来ていた。

 ここの住人とはちょっと前にもお会いした。
 でもあのときは夢魔ナイトメアが吐血し、それきりになっていた。

 ちなみに『このクローバーの国の彼ら』は、別の軸の人たちなので、
いちおう初対面状態である。

 ……い、今、何を言ったんだろう、私? あ、あ、あはははは!

「よし、行きますか」
 改めてご挨拶である。今回は手土産持参。
 美術館カフェの新作、激辛珈琲カステラ。
 味は知らん。なぜか在庫がたまっていて、頼んだら無料でくれた。
 この菓子を優雅な笑みとともに差し出せば、余所者がいかに上品で知的な
女性と、評判がうなぎ上りになること間違い無しである!
 求婚を受けまくる私を見、悔し涙を流すがいい、冷酷時計屋!!
 ……冗談っす。

「おじゃましまーす♪」
 警備の人もいないので、普通にスタスタと中に入る。
 目指すのはこの塔の主、夢魔ナイトメアさんがいらっしゃる執務室だ。
 
「ふんふんふーん♪」

 お土産片手にあちこち歩き回るが――いないなあ。
 途中で会った職員さんたちにも、居所を聞いてみるが、
「ナイトメア様ですか? さあ、どこにお逃げになったかなあ」
「グレイ様? さあ。お忙しい方ですので」
「ナイトメア様とグレイ様? 先ほどまでいたような、いなかったような」

 …………。

 イライライラ。

 どこぞの迷子でもあるまいに、数時間帯たっても役持ちに会えやしない。
『開けて……扉を……』
『さあ、こっちへ……』
 道中、しゃべる扉の謎空間があったが、
「うっさいわっ!!」
 八つ当たりでドンッと蹴りを入れたら、それきり静かになった。何なんだ。

「帰ろうかなあ」
 挨拶は止め、帰り道に激辛珈琲カステラ食って帰ろう。
 そうしようそうしよう。
 塔の廊下を歩きながら、食欲に我を忘れかけたとき。

「……ん?」

 何やら重たい金属のぶつかり合う音。
 尋常ではない気配に、私はそちらの方向に走った。

 …………

 風がびゅうびゅうと吹いている。
 塔の窓が開いていた。まさか、あそこから侵入したのでは……。
「エース……!」
 そこには、あろうことか、エースがいた。
 いや彼だけでは無い。この前お会いしたグレイさんもいた。
 で、エースがグレイさんに斬りかかっている。
 二人の剣士は斬り合いの真っ最中であった。
「トカゲさーん、もっと本気を出してくれよ」
 エースは上機嫌だ。対照的にグレイは心底から迷惑そう。
「いいから、とっとと帰れ。時計屋は今、美術館にいるだろうが」
 うーむ。エースが一方的に喧嘩をしかけているらしい。
 なぜかエースは上機嫌だ。
 となると、私の為すべきは――。

「エース!」
 私は飛び出るなり、全力で駆けていた。

 すると斬り合っていた二人は目を丸くする。
 だが小娘一人の登場で、男達が勝負をおさめるワケも無い。
 互いに引けない斬り合いをしながら、
「ナノ、ひっどいぜ! 俺を置いてユリウスと帰っちゃうなんて!!」
「君、下がっていなさい!! 危険だ!!」
 しかし私は、
「エース、受け取って!!」
 美術館の新名物(予定)、激辛珈琲カステラの大箱を投げる。
「は?……え?」
 戸惑いつつ、反射的に片手を出し、キャッチしかけるエース。
 勝負への集中力が一瞬途切れた。

「滅べっ!!」

 ドンッとエースを開いた窓の外に蹴り飛ばした。

「……へ?」
 とっさに窓枠をつかもうにも、片手に剣、片手にカステイラでは、つかむにつかめない。
 見る間にエースは窓の向こうに消える。
「さよなら、エース……」
 遠ざかる呆然とした顔に、涙をぬぐう。
 地面に到達。だが即時、起き上がる。
 二階だし、ちゃんと受け身も取ってた。しかも下は花壇だもんね。
 そして奴は私を見上げる。
 殺気。吹き上げるような猛烈な殺気が私を襲う。
「てい」
 ピシャリと窓を閉じ、速やかに鍵をかけた。
 これで壁を這い上がっての逆襲は不可能。
 よしんば正面入り口から入ったとて、この塔は奴にとって大迷宮。
 私は余裕しゃくしゃくで逃げられる。
 
「いやあ、危ないところでしたね。
 ですが激辛珈琲カステラの犠牲で、悪は滅びました。もう安全です!」
 額をぬぐい、呆気に取られた顔のグレイにグッと親指を上げる。
 グレイも戸惑ったような笑みを見せつつ、
「危険だから、もう同じことはしないでくれよ。
 ナイトメア様に会いに来てくれたのか? なら行こうか」
 ナイフをしまい、グレイは笑う。
 私もうなずき、彼について行った。

 ちなみに道中、チラッと下を見ると、騎士はまだ花壇のど真ん中にいた。
 激辛珈琲カステラをボソボソ食っていた。

 ……一口食って吐きそうな顔をしていたが、サバイバル趣味の悲しさ。
 食べ物を無駄に出来ないのか、不味そうな顔で食べ続ける。

 帰り道で斬られないように気をつけよう……。

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