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■そうなんですか・後

 とはいえ、キャンプはそれなりに楽しかった。
 三人でテント設営し(ほとんどエース一人で張ったようなものだけど)、
エースの作った料理を食べ、三人であれこれ話した。
「いやあ、楽しい楽しい。大好きな二人がいてくれて、本当に楽しいぜ!」
 エースも言葉だけではなく、心から楽しそうだ。

 対してユリウスは、落ち着かないらしい。
「この水、十分に沸騰(ふっとう)させたんだろうな?」
「刺客が来るかも知れない。交代で見張りを――」
「おい、今の物音は何だ? 獣? 本当か?」
 ……心配性である。

「落ち着いてくださいよ、ユリウス。ほら、ユリウスの番ですよ」
 今はテントの中で、三人してカードゲーム中。
 カードの山を出すと、
「おまえも呑気な奴だな。仕事への責任感はどうした。
 早く戻らないと、また仕事が遅れる」
 ブツブツ言いながら、カードを引く。
「次に昼の時間帯になったら、絶対に美術館に戻るぞ。
 お前を引きずってでも必ず戻るからな!!」
 眉間にしわを寄せ、時計屋は宣言する。
 私はややうんざり気味に、うなずいたのであった……。

 …………

 テントの隙間から、日の光が差し込んでいる気がする。
「ん……」
 寒いなあと思ってお布団の中でごそごそ動く。
 あ。何かあったかい。
「……お、おい……」
 手近にあった温もりに顔を突っ込み、すやすや。
 そのまま二度寝して……。

「…………」
 ん?
 目を開けると、時計屋の端整な寝顔が見えた。
 んん?
 やだ。ユリウスのえり元に顔を突っ込んでいた。
 でも身体を抱きしめられている。
 もちろんいやらしい意味ではなく、私を温めるように、肩に腕を回されていた。
 大きな腕の中は、どこまでも暖かかった。
 んん……。
 強く抱きしめられているので、身体をうまく動かせない。
 ……ていうかエース!!
 横で寝ているのなら恥ずかしい。
 抱きしめられながら、そーっと首を回すが、奴はいなかった。
 外にいるんだろうか。
 気配がない気がするけど。
 仕方なく私は、
「ユリウス、ユリウス、起きて下さい」
 身じろぎし、保護者を読んだ。
 だが時計屋は、日頃の寝不足が祟ってか、なかなか起きようとしない。
「ユリウス。ユリウス――ダーリン(はぁと)」
「っ!!」

 痛い語尾を展開したかいあって、時計屋は無事に飛び起きたのであった。

 …………

 慣れない森の中を、私と時計屋はほぼ手ぶらで歩く。
「珈琲が飲みたいですね、ダーリン」
「いい加減にそれを止めろ! 真剣に歩け!」
 八つ当たりされた。真剣に歩くってなんぞ。


 私達が起きたとき、エースはいなかった。
 あったのは書き置き一つ。
『二人のために、美味しい朝食を取ってくるからな!』
 申し訳ないが、奴の朝食を待っていたら飢え死にするであろう。
 保護者の判断により、エースを置いての帰還が即決された。
 万が一エースが戻ってきたときのため――と言い訳して、本当は片付けや
持ち運びが面倒だから――、テントはそのままにして、
出発する旨の書き置きだけ残しておいた。
 かくして三人旅は二人旅になったのであった。
 
「珈琲が飲みたいですね」
 先を行くユリウスの背中に話しかける。
「おまえはいつもそれだな――だが、同感だ」
 だがそれも叶わない。
 二人とも火のおこし方はヘタだし、第一、珈琲豆がない。
「ちなみにわたくしの活動限界は、あと二時間帯でございます。
 そうなりたくなければ、速やかにわたくしに珈琲を供出――」
「安心しろ。必ず助けを呼んでくるからな」
 見殺し宣言キター!
 捨てられないよう、ちょこちょこ歩き、人里にいたる手がかりがないか、
周囲を確認する。だが行けども行けども、見えるのは森ばかり。
 だけど安心だ。世界一頼もしい時計屋がついていてくれるから。
「ユリウス、疲れたのでおんぶして下さい」
「嘘つけ。自分で歩け。私は知らん」
「ユリウス、どのくらいで帰れますかね」
「知るか。私に頼るな」
 前言撤回。不安に充ち満ちた旅だ。
 というか本当に不安になってきた。
 私はそーっとユリウスに近づき、そっと手を取る。
「…………」
 何かしら皮肉が返ってくるかと思った。
 もしかしたら手を振り払われるかなーと。
 でも違う。

 ギュッと手を握られた。大きくて温かい。

 それがユリウスの本音に思われた。
 私はユリウスを見上げ、微笑む。
 ユリウスが大きくまばたきをし、ちょっと顔を赤くした――気がしたけど気のせいかな。
 私は嬉しくてつい、
「大丈夫です。あなたは私が命に代えても守ります!」
「そうしてくれ」
 手を払われた。なぜ。

 …………

 時間帯は夜である。
「早く昼の時間帯が来ませんかね……」
 ユリウスにもたれてみるが、眠くはならない。
「ナノ。寒くはないか?」
「え? 大丈夫ですよー。ユリウスこそ……」
 焚き火などおこせず、結局、適当な木の根元で明るくなるまで待つことになった。
 私はユリウスのコートをすっぽり被せられ、温かい。
 暖かいから、だんだんと……。
「おい、寝るな。どうしてそう呑気なんだ、おまえは!」
 深々とため息をつかれる。
「ふぁ……だって、ユリウスがついていてくれるから……」
「…………」
 前言撤回の撤回。
 ユリウスがいると、安心感で気が緩む。
 いかんなあ。甘ったれてちゃ立派な大人になれないのに。
「お前を守るからな……命に代えても……」
 そう言われ、肩を抱かれた気がする。
 夢うつつに見た妄想だろうか。

「――ナノ!」
 
 鋭い声に覚醒した。まだ夜の時間帯だ。
 だがユリウスは立ち上がり、銃を抜いている。
「どうしたんですか……え?」
 ユリウスが立っている。その先に、灯りが見えた。
 もしかして、刺客だろうか。
「下がって伏せていろ。私に何かあったら、全力で逃げるんだ!」
「じょ、冗談じゃないですよ! ユリウスを置いて逃げるなんて!」
「おまえこそ冗談を言うな。逃げて、何があっても生き延びろ!」
 宵闇での戦い。いくら役持ちでも無事ですむんだろうか。
 ユリウスは私を振り向き、
「私のことは気にするな。おまえに何かあったら、私は……――」


「おーい。二人とも無事かぁ!?」


 暗闇を割って入ってきたジェリコの声。
「まったく、何十時間帯、デートしてるんだよ。
 大自然の中だからって、解放感にあふれてるんじゃねえぞ!」
 微妙にセクハラに思えなくもないことを言うオッサン。
 とはいえ、心配して捜しに来てくれたらしい。

「だから言っただろう。遭難すると」
 帰り道、ジェリコさんに苦言を呈された。
「そうなんですよね――ごふ!」
 この返ししかないはずだったが、ユリウスに拳骨をくらった。
「本当に目が離せない奴だ……」

 あとエースは百時間帯ほど出入り禁止措置となった。
 構わず入ってきて、私とユリウスから鉄拳制裁をくらっていたが。 

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