続き→ トップへ 小説目次へ ■はた迷惑な争奪戦・1 私は夜更けの廊下を歩いていた。 ココア大好きなグレイのために最高のココアを。 「とはいえ、まず資料を探さないといけませんね」 紅茶の知識はブラッドの屋敷で得た。 珈琲の本はユリウスがたくさん持っていた。 しかしココアは……言ってはアレだけどややマイナー感がある。 そしてクローバーの塔には蔵書施設がない。 お役所だけに、あるのは巨大な公文書室くらいのものだった。 「街の書店に行くしかないですかね」 とはいえ私はお金を持っていない。 立ち読みは嫌な顔をされるだろうが。 「ああ、でもここの人ってすぐ銃を持ち出すんでしたっけ」 まさか立ち読み客を撃ったりしないだろう……多分。 そのとき私は誰かに名を呼ばれた。 「おーい、ナノー!!」 声に顔を上げると廊下の向こうから大きなエリオットが駆け寄ってきた。 「あ、エリオット!お久しぶりです」 私もニコニコと手を振る。 元々マフィアっぽかったお兄さんはスーツ姿になるとさらに格好いい。 久しぶりに耳を触らせてもらえないかと頼もうとしたら、 「よっと」 突然、エリオットが私を肩に担ぎ上げた。 「え?」 急に視界が高くなり、私は戸惑う。 「どうしたんですか?……わわっ!!」 突然エリオットが走り出した。 ――腹部が……腹部が圧迫されますがっ!! さっき飲んだ珈琲を戻しそうになり、私はエリオットに抗議した。 「え、エリオットっ!!お腹が苦しいです!!」 「悪い、ナノ。ブラッドの命令なんだ!すぐに屋敷に着くから!」 「ええっ!?」 屋敷に連れ戻されることより、屋敷までの長い距離、腹部を圧迫され続けるということに青くなる。 戻す……間違いなく戻す!エリオットの大事なスーツに汚れが……! 「え、エリオット、下ろしてください!」 悲劇を回避すべくエリオットの背中を叩くけれど、こたえた様子もない。 その間も腹部は圧迫され続け ――あ、ちょっとヤバイかもです……。 私が口を押さえようとしたとき、 「うわっ」 銃声がして、私は宙に放り出された。 落ちる、と目を閉じたとき、何かに抱きとめられた。 私は目を開け、 「げ……」 「あはは。ナノ。久しぶり」 親切を装い、私を衰弱死させかけた男エース。 彼が、私をお姫様抱っこして笑っていた。 「何か元気になったみたいだね……面白くないなあ」 とんでもないことを言われ、下りようと身をよじるけど、騎士は身じろぎ一つしない。 「それじゃあ、俺と旅に出ようぜ」 「てめえ……さっきナノを狙って撃っただろうっ!」 エリオットが怒声をあげる。 どうりで、エリオットが私を放り投げたわけだ。 エースは相変わらず、相変わらずな男でした。 「それが確実だからね。安心してよ。命中しても致命傷にならない場所を狙ったから大丈夫だ」 それはどういう意味か。死ななければ私が傷ついてもいいということか。 けれど突っ込みを入れる前にエースは走り出した。 お姫様抱っこで全力疾走という、ありえない走法なのにエリオットより速い。 信じられないことに、ほどなくしてエリオットを巻いてしまった。 もしくはエリオットは、ブラッドに報告するため一時撤退したのかもしれない。 ――でもすごい……。 抱っこされながら後ろを確認し、私はただただ驚愕する。 化け物騎士はペースを落とさず走り続けている。 けれど、この騎士の行く先は高確率で断崖絶壁だ。 あと通りすがる人に見られまくっているのが恥ずかしすぎる! 「というかエース!これはどういうことなんですか!」 「え?ああ、会合だといつまでも決着がつかないからさ。 誰かに取られる前に先に取っておこうと思ったんだけど、考えることは皆同じみたいで困っちゃうよな。あはは」 「あの、私はバーゲンセールの特売品ではないんですが」 というかお姫様抱っこの全力疾走でなぜ普通に話せるんだろう。 と思ったら、突然地面に放り投げられた。 「うあっ!!」 今度は受け止めてくれる人もいない。 私は床に思い切りぶつかり、勢い何度もローリングし、やっと壁に激突して止まる。 ……ひどすぎる。 「ちょ、ちょっとちょっと騎士さん。女の子の扱いがあんまりひどすぎるだろ」 あまり聞き慣れない声が聞こえた。 「ひどいのは君だろ、猫くん。君が横から狙ってくるから驚いて彼女を放り出しちゃったじゃないか」 「俺は銃で狙っただけで撃ってないだろう!?」 「あはは。俺って小心だから怖くなっちゃって」 ……前から思っていたけど、どうもこの騎士は私に殺意を抱いているフシがある。 お姫様抱っこで全力疾走する化け物が、銃で狙われたくらいで人を放り出すか。 私は痛みにうめきながら、地面から顔を上げた。 会合にいたピンクの猫さんが銃を構えてエースを狙っていた。 3/6 続き→ トップへ 小説目次へ |