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■グレイのために!

「おおっ!素晴らしい!素晴らしいぞ、ナノ!!」
私が持ってきたアイン・シュペンナーにナイトメアは顔を輝かせる。
名前だけは難しそうだけど、要は珈琲の上にホイップした生クリームを山盛りに乗せ、砂糖をふったもの。珈琲というよりはほとんどデザートだ。
さっそくスプーンを持ってご機嫌で生クリームを頬ばるナイトメア。
喜んでくれているのは嬉しいけど、珈琲をメインに味わって欲しい私は微妙な気分だ。
代わってグレイさんには、得意げにブラック珈琲を差し出す。
「これはすごいですよ。何とイルガチェフのグレード1なんです」
本当は、そんな稀少豆まで用意してくれたナイトメアのおかげなのだけど。
でもユリウスなら名前を聞いただけで驚いただろう。けれどグレイは戸惑ったように、
「え。イルガ、何だって?」
「イルガチェフェのことですよ。あの『珈琲のダージリン』の」
そう笑いかけ、私はソファに座ると自分用の適当ブレンド珈琲を飲む。
イルガチェフは珈琲に珍しくフルーティな香りを持つ種類だ。
ゆえに同じくマスカット系の香りを放つ紅茶のダージリンと比較されやすい。
しかも非常に稀少な最高品質グレード1!
ユリウスなら興味深く香りを味わってから、時間をかけて飲んでくれただろう。
けれど、グレイはそわそわしたかと思うと、ほとんど一気飲みしてしまった。
「そ、その、気に入った。こ、紅茶っぽい味で美味しかったよ」
――し、しまった……。
私は自分を殴りたくなる。
グレイはそんなに珈琲に造詣が深くないらしい。
どうも自分の周りは珈琲や紅茶の好事家が多かったもので、つい知っている前提で話してしまったのだ。
ただ珍しい珈琲でくつろいで欲しかっただけなのに。
私は自分の失態に激しく落ち込んだ。
――そうですよね。グレイさ……グレイが大好きなのはココアなのに。
すると、グレイの狼狽ぶりをなぜかニヤニヤ眺めていたナイトメアが、
「いやナノ。確かにこいつのココアは美味いが、そこまでこだわる奴では……」
落ち込む私の心は挽回に熱く燃えていた。
ずっとお世話になり心配をかけてきたグレイさん……じゃないグレイの気持ちに答えるために。
私はソファから雄々しく立ち上がる。
そして突然立ち上がった私を見るグレイに宣言する。
「待っていてください。私、あなたをうならせる最高のココアを淹れて見せます」
「は……?」
「お、おいナノ。だからグレイは、時計屋や帽子屋のようなマニアでも何でも……」
私は闘志に燃え、拳を握る。
この気持ち、感覚。本当に久しぶりだ。
――次なる標的はココア!
大人の香りを漂わせながらも、味は甘く優しい、癒やしの飲み物。
そう考えるとグレイさんに実にぴったりだ。
グレイさんがこの飲料を何より愛するのもうなずける。
「お、おい、何か思い込みが進化してないか、ナノ?
だからグレイはそこまでココアを好きなわけでは……おーい、戻って来ーい」
夢魔の嘆きがどこかで聞こえた気がした。


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