続き→ トップへ 小説目次へ

■会合は踊る・前

「ごちそうさまです」
執務室で食事を終えると、グレイさんは嬉しそうに私の皿を見る。
「ナノ。ずいぶんと食べるようになったな」
あのココアの夜(+α)以来、私はなぜか食が進むようになった。
ユリウスの事も普通に話せるようになっている。
「私としては『+α』が非常に気になるがね」
ナイトメアが茶々を入れてくる。
私は軽やかに無視して、グレイさんの淹れてくれたココアを飲む。
ああ、甘い。
そんな私にグレイさんは目を細め、そして上司には冷淡に薬を差し出す。
「さあ、これを飲んで下さい。ナイトメア様。
二時間帯後には会合です。倒れられては困るんですよ」
「い、嫌だ!薬は飲まないぞ!!」
「会合、ですか?」
ココアを飲み終わった私は玉露の袋を抱え直して聞いた。
何度か聞いた言葉だ。
知り合いは軒並み参加しているらしい。
でも私は一度も行った事はない。
役持ちの人が集まって、現在とても重要なことを話し合っていると聞く。
「あの、私にお手伝い出来ることはありませんか?」
目下お仕事探し中の私はおずおずと聞いた。
賃金が発生するレベルのことは出来ないかもしれないけど、書類配りくらいは出来る。
すると薬を飲む、飲まないで騒いでいたグレイさんとナイトメアがピタッと止まる。
「え、ええと、大丈夫だ。手をわずらわす必要は無い」
「そうだぞナノ!君は私の部屋でのんびり養生してくれればいいんだ!」
息が合ったように同じ事を言ってくる。私はちょっとしょんぼりした。
――そうですよね。ナイトメアには私のダメダメなところを知られているし。
結局、ここでも居候生活なことが申し訳ない。
するとナイトメアが、
「ナノ、そんなこと気にするな。私は君が塔にいてくれるだけで……」
そのとき、塔の職員さんが山のような書類を持って執務室に入ってきた。
「グレイ様、ナイトメア様!会合書類の最終ご確認を!」
それから何人かの人が入ってきて、執務室は騒々しくなってきた。
グレイさんは手早くテーブルを片づけ、
「すまない、ナノ。部屋で休んでいてくれ」
私も邪魔をする気はなく、ココアと食事のお礼を言って部屋を出た。

「……いい天気ですね」
私は窓の外をぼんやりと眺める。
クローバーの塔は快晴だ。
以前はそれだけで寝る時間帯までボーッとしていられた。
でも今は回復してきたせいか、それが退屈でたまらない。
――やっぱり、何か手伝えないでしょうか。
私は窓辺から立ち上がると、伸びをする。
そしてふらつく事もなくなった足で、ナイトメアの執務室を目指した。

「あらら」
扉を開けるなり出遅れたと分かった。
執務室は無人で、すでに全員が『会合』に行った後らしい。
――はあ、私は、本当に役立たずですね。
肩を落とし、とぼとぼと立ち去ろうとする。
そのとき、私の目に書類が入った。
封筒に入っていて中身は分からないけど、持って行き忘れたものらしい。
――忘れものを届けに行くのもお手伝いになりますよね。
私は少し目を輝かせて書類を取った。

「ええと、ここではないですね」
私は塔の中をうろうろしている。何しろそれくらい巨大な施設で、会合の場所は見つからない。
「ここ、かな?」
私は扉を一つ開ける。
内部は大規模な書庫だった。
上は天井まで、横は見渡す限りに書棚が並び、余すところなくファイルが詰め込まれている。
「ここは初めて見ますね。面白い本があったら後で借りましょうか」
私は目的を少し忘れ、中に入った。そして棚から何冊か取り、
「……全て公文書ですか」
数冊をめくってため息をついた。
まあ、お役所だから当然か。
どの本もお堅い公文書か行政資料。
――というか、それなら民間人は立ち入り禁止ですね。
私はがっかりして書庫を出る。そして思う。
――もしかして、ここには図書館のような場所はないのでしょうか。
建物全てがお役所だから当たり前といえば当たり前かもしれない。
――なら街に本を買いに……お金……お金は持っていません。
この世界に来て、私は未だ一銭も稼いでいない。
ナイトメアに言えばもらえるだろうけど、さすがに嫌だ。
――私に出来る仕事……あるんでしょうか。
もしかしてナイトメアが役立たずの私を持てあましていたら……そんな悲観的な想像さえしてしまう。

「あ、ここですね」
曇りがちの私の目が、ようやく輝く。
さんざん歩いてやっと見つけた。
どこよりも大きな扉、内から聞こえる騒々しい議論。
間違いない。ここが『会合』の場所だ。
出入り自由なのか、扉の前には警備の人はいない。
でも『会合』だ。
国中の役持ちが集まり、重要事項を話し合う場。
普段はだらしないナイトメアも采配をふるい、立派に主催者を務めているはず。
「うう、緊張します……」
しょ、書類を届けるだけ。届けるだけ。
と自分に言い聞かせる。
皆は重要議題の討論に白熱しているはず。
まさか知り合いや参加者全員の前で叱責されることはないはず……多分。
緊張で高鳴る心臓を必死に静め、私はそっと扉に手をかけた。


4/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -