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■グレイさん対ブラッド

部屋に飛び込んできたグレイさんは、すでに短剣を抜きはなっていた。
そしてエースと対峙したときのように獰猛な声で叫ぶ。
「帽子屋……その子を離せっ!!」
「え?」
答えたのは私。
私は席に戻ろうとしていたところだった。
別にちゃんと離れていると思うけど。
だけどブラッドはグレイさんを見てニヤリと笑う。
「おやおや。トカゲは、いつから騎士に転職したんだ?
悪いがこのお嬢さんは帽子屋屋敷の物だ。
我々が連れて帰る」
けれどグレイさんは怒鳴る。
「その子の処遇についてはまだ決定がされていない!!
ナノはクローバーの塔が主ナイトメア=ゴットシャルクの保護下にあり、一方的な滞在地変更は認められない!」
「認められない……か。
まるでナノの代弁者気取りだな。
ナノ、どう思う?」
「え、はあ……あの、グレイさんも紅茶を飲みますか?
結構いい感じのブレンドティーなんですよ」
私は話の流れが分からず、さっきのティーポットを手に取る。
が、そのとき重大なことに気がついた。
ティ、ティーポットは空だった!
ど、どうしよう。いい感じと自分で言っておいて、肝心のブレンドティーが無い。
飲みたいと言われたらどうしよう!
蒸らす間、グレイさんは待ってくれるだろうか。
というかブラッドは時計をまた貸してくれるだろうか。
私は空のポットを抱え、動揺を抑えきれない顔でグレイさんを見た。
強ばる私と目があったグレイさんは、より厳しい顔になった。
「帽子屋。この子に何をした?こんな怯えた顔をさせて」
するとブラッドは笑みを深くし、
「さて、ね?まあ、お嬢さんは拒まなかったがな。
いや、拒めなかったと言い直すべきか?」
グレイさんの顔が瞬時に怒りに染まる。
「帽子屋!!貴様っ!!」
「え?え?」
何の話をしているんだろう。
私はブレンドティーが気がかりでどうも頭が働かない。
い、今から淹れて間に合うでしょうか。
でもさっきのようなブレンドティーをまた淹れられるだろうか。
もし失敗したらどうしよう。
グレイさんはまだ何か叫んでいる。
「力に物を言わせ、抵抗するすべのない少女を……恥を知れっ!!」
「トカゲ。ブラッドに手を出すんなら容赦しねえぞ!!」
グレイさんの殺意を感じてか、エリオットが凶暴な顔で立ち上がる。
「何々?喧嘩?トカゲを殺していいの?」
「トカゲを殺したらお姉さん、帰ってきてくれるよね?」
大きくなっている双子たちも、それぞれ喜色満面に武器を取る。
よく分からないけど、これはブレンドティーを作り直すチャンスかもしれない。
私はあわててグレイさんに言った。
「グレイさん、心配しないで下さい」
――あなたの紅茶はすぐ作ります。
という思いをこめたつもりだった。するとグレイさんは痛々しいものを見るように私を見、
「ナノ、俺が助けに来たからもう大丈夫だ。
もう帽子屋の暴力に怯える必要はない」
「え?あ、どうも」
よく分からないけど、紅茶を淹れる間、ブラッドたちが邪魔しないように見ていて
くれるということなんだろうか。それはちょっとありがたいかも。
……何でしょう。
先ほどから頭のどこかが違和感を訴えているんだけど、やはり紅茶が心配で頭が働かない。
私はとりあえず、ティーポットを置いて茶葉の方へフラフラ歩き、盛大にすっ転んだ。
――う、うう。
そういえば、身体が弱ってたことを忘れていた。
臨戦態勢だったグレイさんは、今にも駆け寄りたそうな顔で、
「帽子屋連中はつくづく下衆の集まりだな……こんなに弱るまで働かせるとは、可哀相に」
「聞き捨てならないな、トカゲ。我々がお嬢さんに何をしたと?」
ブラッドは状況を完全に面白がっている。
「何をだと?俺にはおまえ達が、弱っているその子に無理やり給仕させているように見えるが」
「はっ。何を言うかと思えば。お嬢さんは……」
「え、私、無理やり給仕させられていたんですか?」
立ち上がって茶葉を選ぼうとしていた私は、思わずブラッドに聞く。
それは聞き捨てならない。
「い、いや、お嬢さん。私に聞かれても」
「ひどいですよ。ブラッド。私に無理やり給仕させるなんて」
とりあえず抗議しておいた。
ブラッドは少し甘くすると、すぐこうだ。
「は?お、お嬢さん?」
「ナノ?」
ブラッドたちにようやく動揺が走る。
私はその隙を見逃さず、テーブルに置いた玉露だけひったくると、グレイさんのところに走った。
もちろん、グレイさんはすぐに私の手を取ってくれる。
そして頼もしい顔で、
「ナノ、帰るぞ!」
「はい!」
私はグレイさんについて歩き出す。
後ろからは困惑しきったブラッドの声。
「ちょ、ちょっと待てお嬢さん!今のは君の新しいボケなのか!?
それとも頭を使って私を巻こうとしているのか?
その違いはかなり重要だ。答えなさい!」
「お、おいナノ!!ブラッドが困ってるぞ。気の毒だから答えてやれよ!」
「お姉さん、しばらく会わないうちに芸風を広げたね、兄弟」
「ボスを振り回すお姉さんって格好いいよね、兄弟」
口々に言い放つ彼らを、グレイさんは冷徹に扉を閉めて遮断する。
こうして私は、私を搾取する連中から解放されたのであった。

……やはり何か激しく違う気がする。


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