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■あなたの時計

――そういえば、ブレンドティーはあまり試していませんでしたね。
私は何となくスプーンに適当に茶葉を取り、何種類かをポットに入れ、お湯を注ぐ。
そしてティーコジーと呼ばれる蒸らし用の保温カバーを乗せるとブラッドのところにつかつか歩き、
「ブラッド。時計を借りますよ」
「は……?」
私はまっすぐブラッドの胸に手を当て、目を閉じる。
「ナノ……!?」
手の先から、ブラッドの時計の音を感じる。

……そう。ここの住人の、体内の時計で時間を計る。
最初に考えたときは我ながらとんでもないと思ったけど、何しろこの世界の時計といったら体の内にある時計しかないのだ。
時計塔で珈琲を淹れるときも、慣れていないころは時間を計る道具が必要だった。
最初はユリウスのアクセサリーの時計を借りて。
でもあるとき、その時計がたまたま無くて、近くにユリウスしかいなかったことがあった。
そのとき、私は彼の胸に直接手を当てて、時間を計るという暴挙に出た。
よく考えれば別の飾り時計を使わせてもらえばいいのに。
ちょっと慌てていたのだ。
だけどユリウスはなぜか何も言わなくて、くすぐったそうな恥ずかしそうな顔で時間を計らせてくれた。
「お、お嬢さん……」
ブラッドは激しく動揺しているようだ。
もしかしてこれは恐ろしく不作法な行為なのだろうか。
でもブラッドは私を咎めず、したいようにさせている。
「ナノ?」
「お姉さん?」
「お姉さん?」
いきなりブラッドの胸に手を当てた私を、エリオットたちも何ごとかと見る。
でも私は目を閉じ、冷静に時を数える。
――167、168、169……
「どうも」
きっちり三分計って礼を言いブラッドの胸から手を離す。
そして私はすました顔でカップに紅茶を注ぐ。
ナノ特製、適当ブレンドティー完成。
が、一口私は含み、
――……微妙ですね。
やはり適当に淹れたせいだろうか。
渋みが強いし香りも中途半端。どうにも無個性な味だ。
やっぱりダージリンにしますか、とティーポットを脇に置くと、
「お嬢さん、それをくれないか?」
ブラッドが私に言った。
「それ? このダージリンですか?」
「違う。今しがた君がブレンドしたものだ」
言われて、私は首を振る。本当に適当に淹れたのだ。
紅茶通のブラッドに勧められる味ではない。
「いや。私は君の淹れた紅茶がどうしても飲みたい。
君がブレンドし、私の時計で蒸らした紅茶がね」
「はあ、そうですか……」
私はポットを取り、ティーストレーナーをブラッドのカップにあて、ポットを軽く
揺らしつつ紅茶を注ぐ。お湯の入れ方が『の』の字になるのは珈琲のときのクセだ。
「どうぞ」
ブラッドに渡すと、彼は紅茶をゆっくりと観察する。
「いい色だ。美しく透明な赤で、瑞々しいグリニッシュの芳香だな」
「どうも」
私の薄い反応にも関わらず、ブラッドはカップを丁寧に口に含み、最初の一口を長く味わっていた。
「ダージリンの渋みを、アッサムが引き立て、ルフナに香りづけされている。
いいブレンドだ、美味しいよ。ナノ」
「いえ、だから本当に適当に……」
ブラッドは聞いているのか聞いていないのか、二口目を含む。
本当に美味しそうに見えた。
――そんな顔をされると、何か弱いですね。
まるで自分が本当に最高の紅茶を淹れたように錯覚しそうになる。
「なあ、ナノ。あんた屋敷を出てるときに紅茶の淹れ方習ったのか?」
ニンジンパイを食べながら、エリオットが不思議そうに聞いてきた。
「いいえ? お屋敷以外で紅茶なんか飲みませんよ?」
淹れ方はここの使用人さんの見よう見まねだ。
自分自身で実際に紅茶を淹れたことはほとんど無い。
「ええ? そうなの? お姉さん」
「何か本格的だったよね」
双子たちが言い交わす。
エリオットは感心したように
「何か、それまでボーッとしてたのに、ポットを手にした途端、背がビシッと伸びて、キリッとした顔になってよ」
「え? そ、そうですか?」
これはユリウスのおかげかもしれない。
ユリウスは珈琲の味どころか淹れ方にもうるさい人だった。
ぼけっと突っ立ってお湯を注ごうものなら、それだけで怒られたものだ。
表情を引き締め、前かがみになりすぎず、脇はしめ、軸足は前に。
珈琲のときの習慣が紅茶にも出たらしい。
「手つきも早く無駄がない。うちの専門の使用人が淹れるのと大差ないな」
ブラッドも褒める。私は首を傾げるしかない。
「ナノ、俺にも淹れてくれないか?」
「僕も!」
「僕もお姉さんの紅茶が飲みたい!」
紅茶より食い気の三人まで飲みたがる。
私はハイハイ、とカップに注いで回る。「よく分からないけどブラッドが美味いって言うんだから美味い!」
「お姉さん味の紅茶だね」
「何だかそう言うといやらしいよね、兄弟」
褒めてるんだかけなしてるんだか分からない三人。
でも喜んでくれているのは確かだからと、空になったティーポットを置く。
お茶会はまだワイワイと続くようだ。
こんな楽しい気分は久しぶりだ。まるで帽子屋屋敷にいた頃のよう。
私も、ニンジンケーキもう一つくらいなら食べられるかなと思った。
そのとき、
「ん?」
私は顔を上げる。
何だか入り口が騒がしいような……と思ったとき、

「ナノ!!」
勢い良く扉を開け、グレイさんが入ってきた。

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