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■深夜のお茶会

野外に設置されたお茶会のテーブルには先客がいた。
彼は一足先に、という感じでケーキにばくついていた。
大柄な金髪のお兄さんだ。彼は私たちに気づくと顔を上げた。
まずブラッドに笑いかけ、そして私に気づくと、
「あれ? ブラッド。そいつ……」
「お茶会に出席してくれるお嬢さんだ。ナノという」
「そうか。俺はエリオット=マーチだ。よろしくな、ナノ」
大きな金髪のお兄さんは朗らかに笑った。
けれど私は彼を凝視していた。
あいさつを返すのも忘れ、ただひたすらに彼の『耳』を凝視する。
「あの、あなたはウサ――」
「さあ座りたまえ、お嬢さん。そして遠慮無くオレンジ色のものを食してくれ」
ブラッドは言葉を強引に遮って私のために椅子を引いてくれる。
触れてはいけないことなのだと、お馬鹿な私にも見当がついた。
礼を言って座ると、続いて席に着いたブラッドが、素早く私に菓子を寄越してくる。
それに空きっ腹だったので、甘味はとてもありがたい。
「いただきます」
私は喜んでオレンジ色のケーキにフォークを刺した。
そしてしばらく、美味しい時間が続いた。

――渋みが欲しいですね。
ケーキを数皿片づけたところで、私は猛烈にお茶が欲しくなった。
目の前に鮮やかな色の紅茶が出されているものの、やはりお茶が欲しい。
ふと私は、自分が後生大事に抱えていた玉露の味が知りたくなった。
そしてテーブルの隅で出番を待つ、空のティーポットの一つに目をやった。
――紅茶の茶器で緑茶というのは可能なのでしょうか?
「やれやれ、困ったお嬢さんだ」
私が何もせず、自分の玉露とティーポットをチラチラ見比べていることで内心を悟ったらしい。ブラッドはためいきをついて私を見た。
「それは止めた方がいい。見合った茶器を使わねばせっかくの上質な葉が
殺されてしまう。君のグリーン・ティーはあきらめて、このダージリンを飲みなさい。
秋の香を閉じ込めたオータムナルの味わいをブロークン・オレンジペコーが最高に引き立ててくれている。
高級な茶葉を大切に抱える君なら、この味わいを分かってくれるだろう」
オータム何とかにブロークンオレンジ何とか。
よく分からない言葉が並べられた。向かいのエリオットも、
「すげえな。ブラッド。何だか分からないがすげえ!」
ほめていないのと同じな気がしたけれど、一応エリオットは讃えているつもりらしい。
でもあれこれ言われると、目の前の紅茶が美味しそうに思えてきた。
それでは、と失礼して澄んだ透明な泉を口に含む。

「うーん……」
まあ、いろいろ言われたけれど別段、思うところはない。
ただ高級なことは分かる。紅茶に知識のない私でさえ、感銘を受ける味だった。
「見た目もきれいですし、落ち葉みたいな良い香りがしますね。
目を閉じると、何だか秋の陽だまりにいるみたいです」
当たり障りのない感想を述べる。
「君は紅茶の良さが少しは分かるようだな」
でも私の反応はブラッドを最高に満足させたらしい。
嬉しそうに何度もうなずく。
「殺さなくて正解だった。さあオレンジ色の菓子をもっと食べなさい」
――でも、今チラッと怖いことを言ったような……。
私がオレンジ色のプディングをいただいていると、
「ブラッドもすげえが、あんたもすげえな。ナノ」
「え?」
向かいの席のエリオットが、驚いたような目で私を見ていた。
「紅茶飲んでるブラッドの前で、別の飲み物の話して、撃たれなかったのはあんたが初めてだ」
「……え」
撃たれる? 確かに紅茶の席で日本茶の話は、空気読め的な非礼だったけど、撃たれるほどひどいことだったのだろうか。
というか銃を所持なんて銃刀法違反……あ、外国かもしれないんだっけ。
「ブラッドは紅茶以外は認めないからな。あんた、本当にすげえよ!」
「は、はあ……」
褒められてもイマイチ嬉しくない。
「まあ、君のグリーンティーも私の紅茶も、姉妹のようなものだからな。
珈琲ほどに殺意はわかない」
脇で話を聞いていたブラッドはつまらなそうに言った。
「親戚筋なんですか?」
彼はうなずき、
「紅茶もグリーン・ティーも元は同じだよ。どちらもカメリア・シネンシス――通称『茶の木』から取れる葉だ」
「へえ……」
「さっすがブラッド!」
私は目を丸くし、エリオットは分かっているのか分かっていないのか称賛を口にする。
「製法が全く異なるため、味も香りも違うがね。いわば別の親に育てられた生き別れの
姉妹というところか。それぞれに面立ちの異なる美しさだ」
私の頭の中に、成長してから再会した西洋の貴婦人と和服の大和撫子が浮かぶ。
しかしブラッドはその話題にさっさと飽きたのか、紅茶を飲みながら私を見た。
「お嬢さん。宿泊先に困っているようだが、良ければ私の屋敷に滞在しないか?」
「ええ!?」
お茶会が終わったら帰る気でいた私は目を丸くする。
「紅茶の味が分かる者は非常に得がたい。最高の紅茶を淹れても分かち合える者が
いないことは時に物足りないものだ。私としては君に是非滞在してもらって、お茶会の相手をしてもらいたいね」
ブラッドの目は、どうも本気のようだった。でも私は首を振る。
「お申し出はありがたいですけど、家に帰りますから」
「だが今晩くらい泊まっていってはどうかね。若いお嬢さんに夜に歩くのは危ない」
「あ、そうですね……では今晩だけ泊まらせていただきます」
「門番には話をしておこう。朝になったら家とやらを探しに行けばいい」
――それにしてもいたんですか、門番。
一番勤務していなければいけない時間帯にいないのは謎だったけど。
「だが滞在したくなったらいつでも言うといい。部屋を用意させておこう」
「ど、どうも」
何だかずいぶん気に入られた気がする。外国のどこか分からないけど私は帰るのに。
というより、何だかブラッドは、私の家が見つからないと確信しているように見えた。
――でも、日本大使館とかって一日でいける距離にあるのかな。
銃の話だの治安は良くないようだし、むしろ安全な場所にお世話になって動かない方がいいのでは……。

意識が滞在に傾きかけた私は、一つだけ大事なことを確認していなかったと気づく。
「ところで、このお屋敷に急須はありますか?」
するとブラッドは一瞬黙り、私の玉露を見ると、
「ここは紅茶と一部アルコール以外の飲料は禁止、というのがルールだな」

……かくして、私が絶対にこの屋敷に滞在しないことが決まった。

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