続き→ トップへ 小説目次へ

■元気ですよ

「…………」
私は玉露の袋を抱えて壁にもたれ、ボーッとして空を見上げている。
窓から見る景色は時計塔からの風景に少し似ている。
だから窓辺は大好き。
「ナノ、そろそろ食事にしよう」
後ろからグレイさんが声をかけてくれた。
「はい」
私はかすれるような声を出し、うなずく。
そして歩こうとし、まだ本調子ではなくよろめいた。
「おっと」
グレイさんに支えられる。
――煙草の臭い?
前に背負われていたときは、気がつかなかったけど、グレイさんは常に煙草の臭いのする人だ。
――煙草は良くないんですけどね。味覚が鈍るから。
「そうか?煙草はいいぞ。格好いいし、大人だ!!」
なぜかソファの上にふんぞり返ったナイトメアが偉そうに言う。
私はナイトメアの執務室にいた。
驚くべき事に、彼はこの巨大な塔の主だという。
まあ、現在お世話になっている人だし、いくら救いの無さに拍車がかかった状態で
再会しようとも、悪し様に罵るのは良くないだろう。
「だからナノ……心の声がダダ漏れなんだよ」
少し泣きそうな顔でナイトメアが言った。私は状態が良くなってきて、どうにか起き上がれるようになった。
そして寝る時間以外は、何となくナイトメアの執務室で過ごしている。
といっても、前の世界と同じく相変わらず何もしない。
ナイトメアでさえ、逃げたり吐血したりしながら一応仕事しているのに。
私は虚ろに過ごしていた。

私はクローバーの塔の領主に、面倒を見られていた。
夢の住人だと思っていたナイトメア=ゴットシャルクは、よく分からないあれやこれや
の理由で、クローバーの国の領主だった。
で、引っ越しがあって時計塔から弾かれていた私を拾ってくれた。
あまり自覚はないけど、どうも私は、精神状態がひどくなっていたらしい。

元々別の世界からここに来て、しかも記憶喪失。
そのストレスに耐え、どうにか環境に慣れたところに『引っ越し』。
環境の激変。住居と同居人の突然の消失。風邪。そこに低栄養状態。
それらが積み重なり、恐ろしく精神状態が悪化した私は『遊園地がなくて困っている』
という一点に思考を制限してどうにか均衡を保っていたらしい。
で、安全地帯に私を確保出来たことで、ナイトメアはようやく私に本当の事情を説明出来たそうだ。
私もようやく時計塔やユリウスのことを思い出す事が出来た。
私が原因で追い出されたのではないと分かって安心した。
全部に一応の説明がつき、寝る場所も食べるものも、どうにか得られた。
ナイトメアとグレイさんに頭を下げて何度も何度もお礼を言った。
こうして私は以前のように明るく健康なナノに戻ったのであった。

「ごちそうさまです」
私はテーブルに皿を置く。
ナイトメアとグレイさん、三人での食事の席だった。
「ナノ、三口で終わるのは食事とは言えないぞ」
ナイトメアは眉をひそめ、グレイさんも、
「もっと食べなさい。何か作って欲しいものがあるなら、何でも作らせるから」
「ありがとう。でも治り際は胃に負担をかけない方がいいんですよ」
するとナイトメアは、
「今は胃に負担をかけても食べる段階だぞ。ナノ。
お米を作ってくれた農家の人に申し訳ないとか思わないのか?」
「う、そう言われると……」
確かに申し訳ない。でもなぜだか食べる気がしない。
するとナイトメアは諦めたようにため息をつき、
「君という子は、本っっっっっ当に、これと決めたら一直線になるな。
あんな短期の滞在でそこまで好かれたのなら、時計屋も喜んでるよ」
「――っ!」
「ナイトメア様!」
グレイさんが咎めるように言うけれど、ナイトメアは涼しい顔だ。
逆に私の顔からは血の気が引く。
好かれた?つまり私が好いていた?
ならどうして置いていかれたんですか?
鮮やかなグリーンに包まれたはずのナイトメアの部屋が急に灰色がかってきた。
でもそれ以上私は何も言わない。
私は何とかもう少し食べた。
けれど味がしない。グレイさんは心配そうに、
「何か飲みたいものはあるか?君は嗜好飲料が大好きだと聞いた。
何が飲みたい?何でも用意出来るが……」
いらない。今は何を飲んでも味はしない。
「ナノ……身体に悪いぞ」
「ありがとうグレイさん。元気ですよ」
私は否定する。

2/6

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -