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■思い出した

目を覚ますと、私はベッドの上だった。
周囲には純白の絹で覆いがされている。
――すごいですね。天蓋(てんがい)付きのベッドって外国の王室だけの話かと思ってました。
でも何か違和感があって目を下方に向ける。
腕に、いつもの玉露の袋。
でも逆の腕には点滴がつけられていた。
うーむ。天蓋に点滴とはミスマッチな。
管の中を流れる液体を見て眉をひそめる。
何とか外したいと思ったけどどうしてか身体が動かない。
ああ、何もかも、長引く風邪のせいだ。
「ナノ、起きたか!?」
声がする。
「な、ナイトメア様! あまり走ってはあなたも……」
誰かがかける音がしたかと思うと、天蓋がカーテンのように開けられ、誰かが顔を出した。
「……!?」
私はよく分からなくなった。
いつもよりまともな服を着た夢魔が立っていた。
これは、どういう夢なんだろう。
しかもナイトメアではなく私が点滴なんて。
「ナノ。夢じゃ無いんだ。
私たちはやっと会う事が出来たんだ!」
さながら恋人に再会したときのような台詞を口にし、ナイトメアは私に微笑んだ。
「ナイトメア様、医師に意識が戻ったと連絡を入れました」
後ろからトカゲさん改めグレイさんが顔を出す。
よく分からず、私は首をかしげ……たいのだけど、かしげられない。
「君はほとんど飲まず食わずで、騎士に長期間連れ回されたからな。
かなり衰弱しているんだ」
そしてナイトメアは偉そうに胸を張る。
「だが!このクローバーの塔には私の権力のおかげで盤石の医療体制が整っている!
君は大船に乗ったつもりで回復に専念してくれたまえ!」
「あなたの権力のおかげではなく、病弱のおかげ、でしょう。
でなければ塔での経過観察ではなく入院になったはずだ」
そしてグレイさんは私に笑みを向け、
「養生してくれ。ここはナイトメア様の部屋の近くだから、すぐ様子を見に行ける」
ナイトメアの部屋?
クローバーの塔?
――『塔』?
その響きに、私の心がズキッと痛む。
「ナノ……」
私の心を読んだのか、はしゃぎ気味だったナイトメアが急に顔を曇らせる。
――そうだ。忘れてた。遊園地がなくて困っていたんでした。
そして私が遊園地のことをナイトメアに言おうとすると、

「ナノ、時計屋は故意に君を置いていったのではない。
仕事にかかりきりで、引っ越しの時期が来ていたのに気がつかなかったんだ。
何らかの手段を持って君を連れて行けるのなら、ルールを多少破ってでも君を連れて行っただろう。
それだけは保証する」

――時計屋!

直視したくないことを突きつける夢魔。
傷口に塩が塗られたように、私は痛みに強ばる。
違う、時計屋なんて知らない、誰ですか、それ。
私は……私は……。
だけど夢魔ナイトメアは冷酷とも表現出来る顔で言う。

「ナノ。時計屋はここにはいない。
この世界のルールに従い『引っ越し』した。
君は時計塔の所属ではないと判断され、こちらに移ってきたんだ」

「――――っ!」
もし、私が動ける身体で手元に花瓶でもあったらナイトメアに投げつけていただろう。
優しい夢魔はまっすぐに私の心をえぐった。
「起きたら、いくつでも花瓶を投げてくれ、ナノ。
いくらでも私に当たっていいから、自分のせいで時計屋に捨てられたという妄想に捕まるのは止めてくれ。君のせいではないんだ。
遊園地が無くて困っているという幻想に逃げなくてもいい」
――出て行って下さい。
夢魔は私の心を読み取る。
うなずいて、グレイさんを伴い、出て行ってくれた。
天蓋のカーテンを閉めながらグレイさんは最後まで私を心配そうに見ていた。

私は目を閉じる。
ルール。
時計。
引っ越し。
何もかも分からない。


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