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■トカゲさんという人

「トカゲさん!俺と鍛錬しに、こんなところまで追いかけてきてくれたの!?」
エースが嬉しそうに言って、私を下ろした……というより支える手を外して背から落とした。
興味の無い人形を捨てるように。
「騎士!おまえっ!!」
なぜか『トカゲさん』が言う。
何をあんなに怒っているのだろう。
私は地面に落ちて、そのまま動けない。
まあ、風邪がひどくて動く気もしなかったけど。
「あはは。トカゲさんと鍛錬するなら、この子は危険じゃないか」
エースはケロリとして言う。
「その子をそんな風にしておいて、今さら何の危険を案じると!
どれだけ食わせなければ、そんなにやつれ果てるというんだ!!」
やつれ果てる?そんなにひどいかな。
まあ風邪だから食欲は落ちるけど、結構食べるようになった。
高カロリーのシチューを皿に五分の一。それを三回の食事に一回くらい。
……あれ?
「だって、この子が食べたがらないんだ、仕方ないだろ?」
「持てあましているなら、うちで面倒を見る。
これは会合主催者の決定だ」
エースは剣を抜く。
「ダメダメ、こんな可愛い状態になったナノを渡せるわけないだろ?」
そして、あの空洞に満ちた笑いで言った。

「……どこまで壊れるか、いつまでも見ていたい」

壊れる?私が壊れているわけない。
遊園地が引っ越して困ってるだけだ。
今だって全然壊れていない。失礼な奴。
「まともに扱うつもりがないなら、こちらに渡せ!」
トカゲさんという人が、短剣を持ち、飛びかかった。
エースは嬉しそうに剣をふるう。
かくして斬り合いが開始された。

私は倒れたまま一度も動かず、ぼんやりと二人を眺めている。
突き、流し、構え、受け、斬りかかり、飛びすさり、振りかぶる。
――エースって強かったんですねえ。
その剣は飾りかと思うほど闘った姿を見た事がなかったから、新鮮だった。
でもトカゲさんという人も強かった。
次第にエースは押されはじめ、じりじりと後じさる。
そして劣勢を悟ったか、倒れた私を見下ろし、
「ナノ、俺と一緒に飛び下りようぜ」
返事は待たない。
エースは私を捕まえようと手を伸ばす。
「黙れっ!!」
「っ!!」
トカゲさんという人の言葉に驚いて、私は思わず身を引いた。
それで、エースの手がわずかに届かず、宙をつかむ。
その瞬間を見逃さず、トカゲさんという人がナイフを一閃。
避けようとしたエースが、ついにバランスを崩して崖から滑り落ちる。
――エースっ!!
「はは。何か悪役みたいだ。またなナノ!」
エースは笑って、崖下に吸い込まれていった。
私が倒れたまま目を見開いていると、私の傍らに立ったトカゲさんという人が崖下を見
「悪役みたいも何も、そのものだろうが。
だが下は川か……相変わらず悪運だけはいい奴だ」
忌々しそうに呟いて舌打ちする。
そして私を見た。
トカゲさん、と呼ばれた通りの爬虫類のような黄の瞳。
私はビクッとする。
何とか動こうとするけど、さっきのような力が出ない。
トカゲさんという人は安心させるように身をかがめた。
「怖がらなくていい。俺は君を迎えに来た者だ」
そして私を見下ろし優しく頭を撫でた。
「ひどい目にあったな。もう大丈夫だ」
ひどい目?エースは命の恩人だ。私はずっと大丈夫。
「俺はグレイ=リングマークという。ナイトメア様の使いで来た」
ナイトメア?あの夢の中の?
ワケが分からない。
私は何となく、腰にくくりつけられた玉露の袋を撫でる。

そして、グレイに背負われ、あの巨大な塔に私は行く事になった。
私は弱々しい声で話す。
「それで、遊園地がなくてとても困ってしまって」
「そうか……」
「で、さっきも遊園地に行こうとしたんですけど」
「あ、ああ」
道すがら、やはり私は遊園地がなくていかに困ったかという話を延々と話した。
グレイはうなずいて聞いてくれた。
でも彼は一度も笑わない。
終始、真剣な表情で、私が話せば話すほど足早になるようだった。
無愛想な人だなあ、と私は思った。


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